11/19/06
庶民意識1(現実直視能力)と陋習
家督相続関係に、かなり話がそれてしまいましたが、ここで、再び相続税法に戻ります。
昭和33年相続税法(すなわち現行法体系です)は、条文上は、必ずしも長男が独り占めする場合に限定している訳では有りません。
子供数の多い場合に、相続人のうち弟妹でも、非嫡出子でも誰が独り占めした場合にも、均分相続した場合と同じに優遇するだけの税制ですから、形式的には長男優遇ではなく、子どもに対して中立です。
しかし、この法律が出来たころの社会意識では、そういう事態(長男が放蕩の場合などの例外的事象を除いて)は、滅多に考えられていなかったはずです。
家督相続の社会実質が失われていたのは、前回まで紹介のとおりですが、それは民法学者などが気づいていただけで、庶民一般に意識として行き渡っていなかったのです。
(既に民法学者の世界では、戦前から家制度は維持出来ないと言うのが、常識になってい復古主義の最盛期の戦時中の改正論議でも却って妻の権利の拡充策が採用されたほどです。)
ここでまた、横道ですが、庶民の意識とは、どう言うものかについて書いておきましょう。
かなり、前に書きましたが、昭和50年代の話で、ある主婦が、自分の娘の進学に関して、 「女の子はどうせ家庭に入るから学歴は、余り必要ないと思うんだけど・・・。」
と言って来たことがありました。
その女性は、自分自身既に20年以上も会社の経理事務員として、働いて来たにも拘わらず、実態に反した観念的な意見を述べていたのです。
庶民意識と言うのは、こういう傾向があって、眼前で自分が経験しているにも拘らず観念的な意見にこだわることが多いものです。
陋習・・・旧弊とは、社会実態の変化に目をそむけて、社会の変化を見ないことにして存在する意識・習慣を言うのでしょう。
社会実態の変化については、現場で生きている庶民が真っ先に経験する筈ですが、世論の先導者になれず、社会経験のない筈の学者の思想に待たねばならないのは、発言力の強弱もあるでしょうが、こうした現実直視能力の差によるものでしょうか?
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