11/17/06
人口政策と家督相続制度3(ペストと人権思想)
昭和恐慌で失業して、イザと言うときの約束に従って田舎に帰ろうとすると、実家を守っている長男はいい顔をしません。
もともと4〜5人の兄弟が、それぞれ所帯をもって食べられるような大規模な農家は、滅多にないのですから当然です。
江戸時代のように、嫁に行った妹が一人だけ偶然帰ってくるのとは訳が違います。
(恐慌による失業は社会的発生ですが、離婚は偶然です)
江戸時代の離婚の場合は、上流階級では、婚家に子供をおいてきたでしょうし、下層農民では、子供が生まれてからの離婚は少なかったのです。
たまたま一人で帰っても、妹1人の食い扶持くらいなら経済的にはどうってことがなかったことのほかに、当時は嫁は重要な働き手でしたので、再婚の口は降るほどあったことも以前、江戸時代の離婚制度で紹介したことがあります。
神坂次郎と言う作家が、平成6年に日経だったか朝日新聞だったか忘れましたが、ある夫婦喧嘩に困惑している村の記録が紹介されています。
そこには、近隣の人々が繰り返される夫婦喧嘩に困惑しながらも、何とか離婚させないように村中で努力している事例が書かれています。
明治42年のことですから、正確には、江戸時代の話ではないですが、まだそのころの在・地方・・親族関係の婚姻に関する意識は、まさに江戸時代のそれを表わしています。
女性は、かなり強かったのです。
この話はとても面白いものですから、少し長いですが、引用させていただきましょう。
第7条の「特殊の娯楽」と言うくだりは、笑わせられます。
以下は、新聞記事のままです。(変換出来ない漢字は、平仮名にしました)
石川県鹿島郡鳥屋村の宮下吉太郎(55)と妻ヤノ(50)は2人の子供までなしながら、日ごと夜毎猛烈な夫婦喧嘩を展開し、村中を騒がせること20余年。
犬も食わない喧嘩の度に、仲裁に駆けつける近所合い壁の連中にしてみれば堪まったものではない。
「これでは、わしらの身がもたぬのう」
で、村人達が協議した結果、親族一同立会いの上で、夫婦それぞれの言い分を取り入れた珍妙極まりない誓約書をつくりあげた。
第1条 喧嘩口論なすとも離婚せざること
第2条 夫婦たりとも日常寝食を区別し、決して同じ鍋のものを食わぬこと
第3条 すべての経済を区別し混同せざるは勿論、一家の支出は折半負担し、互いの 暴利損失を見ることあるも敢えて顧みざること
第4条 子供は各一人宛育て、長男は吉太郎が養育を負担しヤノは長女ミヨを養育する
第5条 仮令(たとえ)病気にかかることあるも看病保護するとの義務を負わざること、藻ただしやむを得ずして、看病を要する場合は非常として全快後相当の報酬を請求することを得
第6条 諸税金は折半支出し、普請工事その他の費用もまた同じ
ただし家屋は吉太郎の所有なるも、これに居住するヤノへ座敷代を請求するを得ず
第7条 夫婦間において特殊の娯楽を為す場合は、発議者より1回5銭宛ての税金を出すべきこと」
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