11/15/06
人口政策と第2次大戦11(棄民政策・・満州進出)3
ところが、零細農民は、古代の荘園領主への寄進同様に、地元有力者の保護を求め、名目だけの大地主が発達しただけでした。
(歴史は繰り返すのです)
政府としては、大地主に農地を集約すれば、西洋のような大規模農業に出来ると思ったのでしょうが、思惑が外れたのです。
日本の地主は、西洋の地主のように自分の必要があって、農民を追い出したのではなく、政府の思惑だけで、棚ボタ式に零細農民からの土地が転がり込んで来たものですから、地主層に農業経営の近代化意識がなかったのです。
それよりも身近な農民の保護者と言う意識があったでしょうから、土地の買い上げは、元の所有者に一種の本領安堵・・従来どおりの耕作の保障が目的でした。
その結果、土地集約をしたい政府の思惑とは、逆に作用して、従来どおり一人当たり耕地は零細なままになったのです。
ただし、地主としての資本蓄積が、産業資本家として投資に参加した功績は別にありますが農業近代化投資には向かわなかったのです。
(士族の商法と同じで、結構失敗して没落する方が多いのですが・・・それでも何割かは成功しますので、日本の近代化には貢献したのです)
地主は、農業改革の熱意で地主になった・買収したわけではなく、単に自分はその上がり(マージン)で生活するだけだったのです。
・・不在地主の発生は、その病理現象と言うべきものだったでしょう。
金納政策の結果、政府の思惑どおり大地主は発生したのですが、土地自体は、元の所有者であった農民の「もの」という複雑な関係の小作人・・土地利用関係が生まれただけでした。
窮乏した零細農民の都会への追い出し・ひいては、農地の集約・大規模化・・合理化には、結びつかなかったのです。
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