11/15/06

市場経済と国民の軽薄化5(采薇歌)

話を戻しますと、うまくやりたいばかりの人間が、既に10〜20年以上に亘って公式に量産されている社会・・・一流大学に入って1流企業に入り世間で大手を振って歩いているのでは、日本の将来が暗いですね・・・・。
こういう人は、中堅から下層の単純労働者向きでよいのであって、指導者になっているのでは困るのです。
何となく最近の若者は、器用ではあるが、人間としての厚みに欠ける感じがするのは、こうした結果だったのでしょうか?
こうした風潮は昔から世の中の多数派であり、私のような意見は少数派でしかなかったのですが、これがいつの間にか教育委員会で制度的に保障していたとは知りませんでした。
受験科目の選択を効率よくするのは、マアいいとしても、高校の必修科目まで全く勉強しなくとも良いことまで公認されていたとなれば、世も末と言うか、そこまで価値観が狂っているのかと、空恐ろしい気がします。
このように、こすからく、小利口に生きているのが正しいと言う風潮が公認され、(多数派となり)むしろ優遇される社会となってきた現在では、私のような不器用な意見・・生き方にこだわっている人間は、時代遅れと言うことでしょう。
周代の伯夷叔斉のように、山の中で蕨や薇(ゼンマイ)をとって生きていかなければならないのかもしれません。
ま、私の場合には、実はそこまでしなくとも、自分の生き方にこだわったまま、そのうち引退すれば良いのですから、気楽な年齢となりました。
史記に出てくる漢詩を紹介しておきましょう。

采薇歌
登彼西山兮,采其薇矣。
以暴易暴兮,不知其非矣。
神農虞夏,忽焉沒兮,吾適安歸矣!
吁嗟徂兮,命之衰矣!



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