11/12/06

人口政策と第2次大戦9(棄民政策・・満州進出)1(「おしん」の社会的背景2)

過剰生産品(人口)を押し付けられた昭和の政治家・国家経営者は、出来上がった製品(人間)のダンピング輸出(海外移住・・満州進出)しか選択肢がなかったでしょう。
農村では、育ってしまった次男三男あるいは女性の行き場が、有りません。
売れる見込みもないのに、大根やキャベツの生産ばかりしていたようなものです。
これが、映画「おしん」の社会背景です。
11/05/06・・・・3「人口政策と第2次大戦1(ねずみ講の元祖)」で紹介しましたが、私の父親の世代(明治3〜40年前後の生れです)でも、兄弟が4〜5人が普通でしたから、明治初年から2〜30年ごとに人口が倍々に増えて行く関係でした。
(父の兄弟が5人、母の兄弟が6人でした。次世代・・戦前戦中にかかる私たちの従兄弟は、みな6〜7人兄弟が普通です)
2〜30年前に人口抑制策へ転換しておくべきことが出来ていなくて、20〜30年後の昭和初期の政治家や経営者が責任を取らされても困るでしょう。
造りすぎたキャベツの処理方法について相談されても、経済学者も事後処理は得意では有りません。
そこで万事休した?政府は、海外(満州)へ無理にも次男・三男を押し出すより外に、方法がなくなってしまったのです。
(開墾・定着目的ですから、移民は夫婦単位が原則です。そこで予め結婚させて行きますので、女性の捌け口・・捨て場にもなります)
日本中が、精神主義に凝り固まって、他方で満蒙開拓へ突き進んで行った原因が、分ろうというものです。
目前の困難を解決出来ないとなれば、神経衰弱・・ノイローゼになるしかないのは、今も昔も変わらないでしょう。
これは、大正から昭和の政治家の責任ではなく、明治中ごろから、人口抑制策を準備していなかった明治中〜末の政治家に責任があるのです。
アメリカでは、大恐慌が来たと言っても、製品を作り過ぎただけですから、海に棄てたり谷間に埋めたり、あるいは製造機械を壊したりして恐慌を凌げました。
しかし、日本では、人間の造り過ぎですから、生まれて育ってしまった人間を、作りすぎたからと言ってキャベツのようにブルドーザで押しつぶせません。
海に棄てる訳にも行かなかったでしょう。



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