11/08/06
多段階資格社会と包括資格社会(専門化する社会)4
試験制度が今のままならば、狭い路地しか走らない車に、高速道路用の車の性能を要求しているようなことになります。
アメリカの真似をして不動産屋にも法曹資格を要求していくならば、今のように試験が難しいと人的資源の無駄になりますから、自ずから、上記の最低の資格にあわせて資格試験を易しくして行くしかないでしょう。
今は、それぞれ日常業務は、これまで紹介したような各専門職種に分かれていて、難しいことは弁護士にと言う能力レベルでの棲み分けになっているのです。
試験を易しくして、不動産専門の弁護士、登記専門弁護士や、税務申告専門弁護士と言う専門化を進めた場合、難しいことをやれる弁護士とやれない弁護士の区別が付かなくなってきます。
外見で人の能力を測るのは困難ですから、却って国民には不安ではないでしょうか?
4〜5日前の日経新聞に、専門医の資格が乱発されていて、専門医の意味をなしていないと言う特集がなされていました。
ホンのちょっと講習に参加すれば、心臓外科手術専門医、あるいは臓器移植専門医と言う訳で、以前、10/09/06「資格緩和と講習制度1」前後で、講習制度の乱用の弊害を書きましたが、医師の世界でもそうなっているのです。
このように、みんな同じ弁護士資格(量産した上で)を名乗らせて、内部で自分勝手に専門弁護士を名乗らせると言う制度設計は、国民には、訳の分からない資格にしてしまうことになるでしょう。
訳の分からない仕組みにするのが、今次の司法改革の目的でしょうか?
日米どちらの制度が優れているかの議論はさて置き、アメリカ並に、こうした周辺職種をなくしていくなら、アメリカ並に弁護士数を増やせと言う弁護士増加政策の考えが一貫します。
ところが逆に、周辺職種にも弁護士業務の一部解放が進めているのが、昨今の司法改革?ですから、思考が矛盾しているのです。
専門化の面で見れば、逆に融合を進めようとする政策ともいえます。
融合した上で、内部規律で一級弁護士2級弁護士、あるいは不動産専門弁護し、登記専門弁護士など専門の看板化を進めようと言うのでしょうか?
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