11/04/06
相続税法29(跡取り優遇制度9)
話があちこちに飛びましたが、昭和33年法(現行法)は、当時の社会実態に合わせた救済策のようでいて、実は、実態はもっと進んでいたのですから、遅れた社会意識にあわせたものでした。
兄弟皆が一つの家に住んでいるならば、その代表者が全部相続した場合でも、構成員の数に比例して控除していく制度は、家の制度がどうのと言う以前に合理性があります。
一種の法人や団体の代替わり同様で、一種の管理者の交替だけで、そこには不労所得がないのですから、そもそも税金(名義書換料)を払う必要があるのかと言う問題意識の基礎でもあったでしょう。
相続税と言う考え方が、先ず日本で日露戦争の戦費調達のために始ったことや、第1次世界大戦ころに、戦費調達の必要からドイツではじまったことをどこかのコラムで紹介しましたが、元々団体的な家制度・・管理者の代替わりでしかない時代には、名義書換料みたいなものだったのです。
今の法人で言えば、社長交代登記のときに課せられる登記印紙みたいなものだったでしょう。
検索してみたら、11/20/03「相続税法 10(相続税の歴史1)」のコラムで書いていましたので御覧下さい。
未成年者が一つ屋根の下に生活しているときの相続と限定してみても、代表者が受け継ぐと言う理屈だけならば、配偶者・未成年者の母親が全部相続すれば済むことであって長男である必要はありません。
戦前から、成人した子供は、知恵遅れや障害者は別として、長男以外の子供は皆、外に働きに出て、別々に生活していましたし、まして都会・・・農家や漁業・商家以外では、長男でさえも家を出て働きに出ているのが普通でした。
こうした社会実態を前提に考えると、旧来どおりに長男に遺産を集中させようとする昭和33年法(現行法)は、社会に合わせたと言うよりは、遅れていた社会意識にあわせた・・あるいは遅れている部分にあわせたと言うべきでしょう。
この直ぐ後に書きますが、庶民・・これが国民の大多数ですが、政府の宣伝・・精神教育に乗って、社会実態は大幅に変わっているのに、意識がものすごく古いままだっただけの話なのです。
こういう階層にとっては、実態にあわせた戦後改革の総てが、アメリカによる押し付けと見えるのでしょう。
農地改革や妻の権利の向上等家族法の改正も、実は庶民意識とは別に戦時中も徐々に進んでいたことを,既に04/04/05・・・2「都市労働者の増加と家父長制の矛盾3(厄介の社会化2)』のコラムで紹介しました。
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