11/18/05

刻苦勉励日本2と陽明学

その後の儒学は、朱子学の解釈・・訓古学に堕してしまったので、新しい思想も生れず勤勉と言う項目に気付かないままになってしまったのです。
それどころか、長衫だけでは、飽き足らなくなったのが纏足というものでしょう。
日本では、古代から宗教だけでなく、農作業でも何でも刻苦勉励が生活の基本みたいなものでした。
これは一つには、季節の移ろいが早くきめ細かいので、ぼやぼやしていると農作業の時期を逸してしまうという事情もあったでしょう。
お寺にはいっても、世俗から離れたからと安心して、ポカアンとしているだけでやっていけるかと言うと、そうでは有りません。
お寺では、夜明け前から起き出して拭き掃除から庭の草むしりなどの仕事をし、それから朝のお勤め・・お経を上げる・・それが終わってから朝食と言うパターンで、ヒマなしに働くのが、大事な修行と言う精神だったのです。
こういう刻苦勉励型の国民性がいつ出来たかについては、以前「12/09/03「千葉の歴史7(千葉県人と海洋史観3・・勤勉革命)」前後のコラムで少し紹介しました。
私はわが国には、海からの圧力以前から、ヒマさえあれば農作業に精出す基礎的国民精神があったところに、海からの圧力で更に磨きがかかっただけと思っています。
こうした日本人の道徳律から見れば、身分が高い人ほど下の人よりも働かなければならないという考えですから、懐に手を入れて、ゆったりしているなどは納得出来ない思想でしょう。
日本では社長や部長は、部下よりも多く働かなければ、下の人はついてこない社会ですから、社会主義者や共産主義者から  
 「経営者が労働者から搾取している」
と言う、搾取思想が伝わっても、実社会を知っている人にはピンと来ないのです。
朝鮮人から見れば、日本の働きたがり屋の習慣は卑しい習慣だと思ったでしょうし、それぞれ歴史が違うのですから、難しいものです。
こうした長年の慣習の違いを見ても、わが国には儒教道徳の浸透し難い社会であったことが分ります。
ただし、前回コラムで書いたように、儒学でも、王陽明の知行合一論は、実学志向の強い日本では、官学ではなくどちらかと言えば、異端の学問でしたが人気があったのです。



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