11/17/05

日本の対朝鮮政策3(近代化政策

ともあれ、合併してしまったのですから、日本では、近代化に必須と思われていた近代的学校制度も、膨大な資金を食いますが、朝鮮で実施に移すのです。
学校制度は何十年も後に国民のレベルが上がって、効果が現れるものですから収奪だけを、目的にした植民地支配でこうした投資をすることはありえないでしょう。
勿論、朝鮮にも科挙試験のための教育はありましたが、ここで説明しているのは、庶民一般に及ぼす近代的な学校制度の創設の話です。
ついでに朝鮮での学校制度の紹介をしておきますと、初等レベルでは(小学校)朝鮮では、内地人と朝鮮人の学校は別々に作られました。
内地人の学校は、内地の制度と同じで、朝鮮人には「朝鮮教育令(明治44年勅令第229号)」に基づく学校が設けられたのです。
実業・高等教育になると、内地人も朝鮮人も同一の教育機関が設けられ一緒に勉強できたのです。
ただし、李朝時代の初等教育機関「書堂」も廃止せずにそのまま存続しましたので、朝鮮の固有の制度を廃止したのではありません。
その他当然のことですが、両班に固定していた身分制度を解体するなど、社会のあらゆる分野で合併を機に、近代化に向けて一斉に進み始めるのです。
朝鮮にとっては、合併は日本の明治維新みたいな効果があったでしょう。
日韓併合後の朝鮮では、旧体制・社会の解体が急速に進むのですが、幸い日本の支配下に入っているので、この混乱期に乗じて侵略しようとする国はありませんから、安心して改革できたでしょう。



関連ページリンク

Powered by msearch
稲垣法律事務所:コラム:検索

検索ベースはこちらから

 


コラムTOP

リンクを当コラムにはられる方はお読み下さい

©2002, 2003, 2004, 2005, 2006 稲垣法律事務所 ©弁護士 稲垣総一郎
Design / Maintained by Pear Computing LLC



ブログ
株式投資