11/16/05

外交文書難しさ対馬氏国書偽造

小泉総理による秋の靖国参拝直後に、韓国外相が訪日しない予定と発表されましたが、その翌日に、アメリカ大統領の訪日が発表されました。
その数日後には、韓国外交通商大臣が、直ぐに撤回して訪日することになりました。
外相が訪日して、総理の靖国参拝は世界から理解されないと、強硬に迫った翌日には、国連では、北朝鮮による拉致解決を求める委員会が開催されていて、北朝鮮の孤立が鮮明になっています。(韓国はこれにはだんまりです)
北朝鮮はこれに対し、韓国同様に靖国参拝など取り上げて日本を非難しましたが、国際社会ではこれに同調せず、逆にEUなどから北朝鮮非難決議案すら11月2日には提案されているのです。
これは、中国の拒否権も発動できませんから、多分そのうち可決されるでしょう。
  「どちらが、世界で理解されていないのだよ〜。」
と言いたいのは、私だけでしょうか?
ま、小泉さんの読みと外交能力は肝がすわっていて、したたかです。
勿論、このコラムは、日本人である私が、日本ビイキで書いていますので、客観性があるかどうかは別です。
正確に知りたい方は、本物の論文を読みくらべる必要があるでしょう。
政府承認問題と言えば、徳川政権成立時にも、秀吉の侵攻に対する謝罪にこだわったりして簡単にいかず、間に入って困りきった対馬氏の国書偽造?で一応のケリがつくのです。
ただし、その後も本当に徳川家が謝罪しているのか疑念があったためにか、今の朝鮮同様に通信使が来る度に、いつも謝罪が足りないという問題が尾を引いていたようです。
国書偽造問題といえば、秀吉の第1次朝鮮征伐?の講和条約も小西行長だったか忘れましたが、対馬氏同様に朝鮮側と日本側で違うような文書を造って秀吉をなだめたので、第一回目はやっと終ったように記憶しています。
秀吉は、朝鮮が降伏したと思い込んでいたのに、その割に朝鮮側の態度がデカイのに気付き、秀吉が怒ってしまって2度目の慶長の出兵になったと、どこかで読んだような記憶があります。
外交と言うものは、そう言う玉虫色の解釈の出来る文書でないと、両方の顔が立たないものなのでしょう。
日韓併合に関する意見が、日本びいきかどうかは別としても、いずれにせよ、日韓併合によって朝鮮では、専制君主制+科挙制に終止符が打たれました。
これによって、朝鮮も日本同様に近代化に向けて進める体制が出来あがったことは、間違いのないところでしょう。



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