11/13/05

冊封支配知恵消滅3(農業主体国家領土欲3)

9月から商業主義と農業主義国家の違いを書いている内に、律令体制や科挙制度の話に入り、いろいろ紛れ込んでしまいました。
科挙制度に戻った後に再び農業社会と商業社会の考え方の違いなどのコラムに戻るつもりですが、ここで領土欲の違いについて必要な限度で少し書いておきましょう。
農家が1センチでも境界の畦を削って、自分の畑を広げたい本能的欲望があることからでも分るように、農業ないし牧畜的発想では、耕地や放牧面積が最重要課題ですから、為政者にとっても版図拡大が本質的役割となります。
と言うよりは、これまで09/13/05「王権不要社会4(農業社会の外敵とは?1)暦の存在価値」などのコラムで、農業社会の特質で書いて来たように、農業社会では為政者が農業に関しては、口出しできることがそれ程多くないのです。
それで仕方なしに暦を配ったり、和歌を詠んだり大仏を造って仏教を広めたりするしかなかったのが、わが国の政治でした。
和歌の読み比べなどの教養科目中心になったわが国の政治と、中国の歴史を見比べるために科挙制度の紹介をしている内に、あまりにも靖国問題が大きな政治問題になったので、日韓問題に深入りしてしまったと言うわけです。
農業国家では、商業国家のようにリーダーのするべき仕事がないのですから、為政者が、自分の存在価値を示すためには、版図拡大、耕地面積の拡大だけが1番目立つ存在理由になるのです。
農業では、収量が耕作面積にほぼ比例し、その他の要素(人的要素)は小さな役割しか占めません。
これに対し信長的・商業的発想では、経営者の才覚が基本的要素であって、その才覚発揮のために必要な拠点が欲しいだけですから、本質的に面積にこだわりません。
証券会社や不動産屋などが、営業所の床面積が大きいからと言って、営業マンの成績が上がる関係ではありませんので、面積拡大よりも商機を見るリーダーの才覚が重要ですし、場所的関心は面積の広さよりも適地かどうかにかかります。
必然的に、飛び地に支店や営業拠点をもつようになりますし、領土や植民地としても飛び地経営が眼目です。



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