11/12/05
中国が、内陸部と沿海部が別の国になれば、内陸部と沿海部の経済格差に悩む必要もないのです。
これが、歴代中国王朝が取ってきた朝貢・冊封支配の知恵ではないでしょうか。
何千年に亘るこの知恵がなくなって、今では尖閣諸島問題だけでなく、南支那海の [南砂群島]では、フィリピン, ベトナム, ブルネイ, 台湾など 色々な国が領有を主張していますが、中国が実力で、仮説建物を建てたことがあります。
今では中国がナリフリ構わず、小さな島ひとつまで領土欲の権化みたいに欲しがるようになっているのが、不思議です。
この冊封支配から直接支配への思想の変更は、モンゴルによる支配(元)以降ではないかと想像しますが如何でしょうか?
モンゴル民族にとっては、自分が周辺国でしたから、中華を合併・吸収した方が文化的経済的に考えて得に決まっています。
11月4日・・・・・・1「日韓併合12(合併と協力の違い2)」以下連載したように、文化的劣位の周辺族が吸収されると、劣等感にさいなまれるのですが、周辺国が武力で中心国(中華)を吸収すると、政治的地位は征服者の方が上ですから、結構均衡が取れるのです。
被征服者は、形式的・政治的地位は下でも、文化的には実力が上ですから、内心征服者を馬鹿にしていて何かと揶揄する対象になるので、精神的には溜飲が下がるのです。
明治維新当時、江戸っ子が進駐してきた薩摩隼人に対し、薩摩の芋侍と言って馬鹿にしていたのと同じ心境です。
満州から興った清朝も、周辺異民族支配でしたから、モンゴル族の吸収合併の思想で行動したのは、文化格差から見ても正しかったと言うか、本能的行動でしょう。
それだけでなく、モンゴルも、清朝も内陸民族ですから、紛れもなく農業ないし牧畜主体国家だったのです。
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