11/10/05
彼ら社会的不適合者は、元々働く意欲があるのですから、仕事が欲しい・・・仕事につきたいのです。
意味もなく刑を重くするだけでなく(5年の刑を10年に10年の刑を20年にしたとすれば、国家予算が倍かかる計算です。)科学的な解明を急ぎ、犯罪性向に応じた再犯防止につながるような刑罰のプログラムを作るべきでしょう。
常習化した窃盗や、常習化した薬物事犯、常習化した飲酒運転それぞれの原因が違うのでしょうから、再犯を犯さないように教育する対処方法も違って当然でしょう。
ところが、いまの刑務作業はこうした犯罪性向の違いに関係なく、明治以降の服役労働期間の長短しかないのが問題です。
これは刑事政策担当者の怠慢と思う方が多いと思いますが、さしあたりは、(後に書くように究極的には、政策の問題だからです)この方面の研究を怠ってきた学者の怠慢と言うべきでしょう。
学者は既に決まった既存の科目(心臓や腎臓などなど)の研究ばかりしているのでは、本来の研究者とは言えません。
以前にも、06/27/03「学者と実務家 6(教育改革の方向)」のコラムで書いたのですが、学者は既存の知識を学ぶだけのものとして今でも考えるならば、「学ぶ者」でしかないのですから、文字とおりで問題ないのです。
私が言いたいのは、わが国は世界の先進国になったので、既存知識の吸収時代がとっくに終わって、独自の関心で研究に取り組む資質を持った研究者が要求されていると思うのです。
学者が本来の研究者と同義であるならば、これだけ長い間社会問題になっているのに、既存の学問・学科にないからと言って、誰も研究しようとする学究が出てこないのは危機的ではないでしょうか?
(耳鼻科でも眼科でもないのは確かですし、漠然とした精神科でも手におえないのですが・・)
先ず研究者の奮起があってこそ、その成果を活かした刑事政策も出来るのですが、肝腎の研究が進んでいないのでは、刑務所の方でもどうしてよいか分りません。
刑罰を任された方は、「出たらまたやるだろうなあ」と思いながらも、従来どおり刑務作業をやらせるしかなく、服役期間の過ぎて行くのを待っているだけになるのです。
関連ページリンク
©2002,
2003, 2004, 2005, 2006 稲垣法律事務所 ©弁護士 稲垣総一郎
Design
/ Maintained by Pear Computing LLC
