11/09/05

刑罰の目的2(憲法133)幸福追求権利

刑を重くしても、刑務所内での服役内容は10年一日どころか、100年一日なのです。
12/12/03「会津の悲惨2(刑務所の歴史1)」以下の連載で、刑務所の歴史を書いていたのですが、いつものように横道には入ってしまっていますが、そのうちに熊本藩の刑務作業の歴史の紹介で再度取り上げる予定です。
つまり、明治以降に刑務所で労働作業を行わせる原型が固まり、以来100年間殆ど本質が変わらないまま今日に至っているのです。
刑務作業の内容は、産業構造の変化にあわせて、農作業から工場労働形式へ、さらには、ブルーカラー向きの現場作業だけでなく、グレーカラー向きにとか、あるいは、整備士や溶接の資格を取らせるなどと変わっています。
しかし、怠け者に就労経験を積ませるのが良いと言う明治初め(もっと遡れば松平定信の始めた佃島の人足寄せ場)の設置目的が、全く変わっていないのです。
刑務所を担当する行政組織は、「矯正局」となっていることからもお分りいただけるように、服役作業の目的は犯罪者の矯正を目的としている筈です。
ところが今でも、明治のころに妥当した労働作業のまま、漫然と旧来どおりの作業をさせているのですが、これでは最近の病的な常習者の改善には全く効果がないでしょう。
そうは言っても、世論の批判もあるし刑を重くして行くしかないのが現状ですが、刑罰の威嚇力による再犯防止効果は、こうした種類(変質者や常習者)の人には、あまり効果がないのです。
ライ予防法による隔離が国家賠償訴訟の対象になっているように、そのうち、犯罪者とは言え、無目的な収監の継続が一定限度を超えたら、人道に反するので憲法違反であると言う訴えがおきるかもしれません。
念のために憲法を見ましょう。

憲法
第18条 何人も、いかなる奴隷的拘束も受けない。
又、犯罪に因る処罰の場合を除いては、その意に反する苦役に服させられない。
第13条 すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

犯罪である以上、苦役も仕方ないのだと言うのが今の考えですが、そのうちに犯罪者と言えども一定限度を越える苦役は許されないと言う思想になるように思うのです。
そのときは、憲法13条の幸福追求権で争われるのでしょうか?
刑罰であるからと言っても、幸福追求の権利を無茶に侵害していいものではありません。
隔離した上で、一定の刑務作業を強制する以上は、それなりの合理性が要求される筈です。



関連ページリンク

Powered by msearch
稲垣法律事務所:コラム:検索

検索ベースはこちらから

 


コラムTOP

リンクを当コラムにはられる方はお読み下さい

©2002, 2003, 2004, 2005, 2006 稲垣法律事務所 ©弁護士 稲垣総一郎
Design / Maintained by Pear Computing LLC



ブログ
株式投資