11/03/05

日韓併合10(属国保護国違い

日露戦争における草の根の動きを見れば、ロシアの保護国になろうと言う勢力は、皇帝の取り巻き・・既成権力層だけだったと言うことでしょう。
これまでは、朝鮮はいわゆる大院君と閔妃(政争の渦中で暗殺されます)時代で、この実力者達がガンだったように思います。
実力者と言うのは、西太后同様に保守反動の権化になりやすいのです。
今の金正日体制同様で、彼らにとっては体制の維持が第1順位で、体制の保障さえしてくれれば、清朝の属国でもロシアの属国・・保護領でもなんでも良かったのです。
要するに、体制を保障してくれる強い方に付きたいだけです。
しかし、歴代中国王朝へ属国化は、朝貢し、臣下の礼を取れば良いだけの形式的関係が中心でしたが、(朝貢しても、みやげ物の方が多いのが普通でした)西洋の保護国化するというのは、いわゆる植民地化する意味ですから、貰うよりも取られる方が多くなります。
西洋の保護国化の場合は、形式的な上下関係にとどまらず、実質的隷属化が期待されるので、支配しやすいように国民レベルの向上には、敵対的になる傾向があります。
これでは、これまでの属国とはまるで内容実質が違っていたのです。
保護国の方が、怖い敵から保護してくれるだけのようで、属国よりも言葉の響きが良いのですが、ヤクザに応援を頼むようなもので、後が怖いと言うところです。
ロシアの保護国化してでも、体制変革・・・社会混乱よりはましという信念で、大院君らは凝り固まっていたのでしょう。
日本が彼・大院君あるいは閔妃を通して、一緒に近代化して欧米に対抗しませんかといくら迫っても、世界強国でもない日本と組むよりも、もっと強そうなロシアと組む方に魅力を感じたでしょうし、何よりも近代化は体制変革に通じますので限界があったのです。
閔妃の開明的政治と言っても、所詮は付け焼刃であって、本質は王制維持ですから最後はそこへ戻っていったのでしょう。



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