11/02/05

日韓併合9(日露戦争4と朝鮮人協力

外国軍にまともに頼り切った戦争で国内地盤を固めようとすれば、日清、日露どちらが勝っても、勝った方の属国化しかなかったのです。
白村江の会戦などを経て、日本は古代からはっきり独立化して行ったのですが、朝鮮ないし韓半島では、こうした経験がなく、長年に亘って中国に成立したそのときそのときの政権の属国・・冊封国家としての生き方しか経験がなかったのです。
日本の場合、幕末以来の騒乱は、何が何でも独立国を守り抜くための政変(明治維新)であったのですから、外国軍の応援(介入)を求めるわけがないのに対し、朝鮮の場合は、日本のような気構えがなかったように思えます。
幕末の国論沸騰は、揉めるためのものではなく、独立を守るためにどうしたらよいかと言う目的的なものでした。
朝鮮では、国内の政争と言っても、どちらの国の属国になった方が損か得かと言う次元の問題だったのでしょう。
今でも、韓国や北朝鮮はそう言う次元で行動している可能性があります。
ともかく、前々回のコラムで書いたような国内事情の結果、日露戦争が始ると、進歩党は兵員輸送用の鉄道敷設工事などに5万人ともいわれる大量の人員を派遣し、その工事に協力するなど、日露戦争における日本への協力を惜しまなかったのです。
ロシアは、圧倒的兵力をバックに強気一本で押してきた結果、ついに交渉が決裂し、1904年日露開戦となるのです。
いざ、開戦してみると、ロシア国内の事情や国際事情・・・日本の国を守る戦意の強さ等々総合力で、日本が勝ってしまったのです。
これには、朝鮮人による草の根の協力を得たことが、地味ですが大きな貢献だったでしょう。
日露戦争の勝因として、日英同盟ばかり大きく取り上げられますが、大きな国際舞台ではそのとおりですが、朝鮮人による足元の協力も大きかったのです。
日露戦争では、ご存知のように日本陸軍は先ず朝鮮半島に上陸してから軍が移動していったのです。
このとき朝鮮人の多くが、日本との合邦に反対していて、日本軍に協力していなければ長距離に亘る兵員輸送などとても出来るものではなかったでしょう。
逆に、朝鮮人の積極的協力があったので、ロシア軍に勝てたのです。



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