11/02/05
朝鮮はいつも外国の応援を受けていただけでなく、実際の戦いも外国軍同士にやって貰って、自国軍はその指揮下で戦うと言う変な行動を取って来た国です。
最近の事例では、朝鮮戦争において、南端の釜山まで追い詰められてから米軍の力で盛り返したのは、ように、400年程前の秀吉に寄る朝鮮出兵のときも、明軍の応援で盛り返したのです。
ところで、わたしが習ったころは、秀吉の朝鮮征伐だったのですが、いつの間にか、文禄慶長の役とか、朝鮮出兵と言うようになったようです。
朝鮮では干支により壬申倭乱・丁酉(ていゆう)再乱と称し,明では万暦朝鮮の役と呼ばれるらしいです。
他所の国でやるならば、外国人同士で血を流させるのは、考えようによっては巧妙ですが、自国内の戦いである点が大違いです。
自国内ですと、兵も身近な国民同士ですから、畑の踏み荒らし一つ取っても気を使います。
日本ではこれまで何度も兵火があっても、正倉院の御物などが残っているのは、暗黙の内に火を掛けてはいけない様な不文律が守られるからです。
外国から来た兵にはこうした微妙なことがわからず、言わば、乱暴な動きになりがちです。
そのうえ、自分の支配下で外国軍を戦わせるのではなく、自分がその支配下に入るのですから、巧妙と言うよりも、政治感覚がないというべきではないでしょうか?
日本敗戦後、少しおいて3年も続いた朝鮮戦争も同じで、日本がいなくなったと思えば自立すればいいのに属国の経験しかないので、直ぐに、今度は南の李昭晩は米軍(正式には国連軍)に頼り、北の金日成は、最初はソ連に頼り、次いで中共軍という御互いの後ろ盾で戦争を始めるのです。
「後ろ盾」と言うのは日本語の用法であって、朝鮮では、外国軍が後ろで応援や後援をするのではなく、主力になって戦うのですから、こういう時のための日本語がない状態です。
殆ど外国軍が主力になって朝鮮人はその下働きで戦って、民間人も含めて約400万人も死んだのです。
(今でも、韓国軍はアメリカの駐留軍司令官の指揮下にあることを紹介しました。)
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