11/30/04

江戸時代の裁判4(吟味筋1)

奉行所の人間構成から捜査機関・・・与力同心を紹介しているうちに、現在の警察のあり方にまで話が行ってしまいましたが、いよいよ裁判手続きに入ります。
吟味筋(現在の刑事手続きです)は、今と違って手続き上検察官にあたる原告官がなく、裁判所役の奉行所が自発的に捜査し、審理を開始し、糾問し、判決もする1人(1役所)何役もやっていました。
映画・遠山の金さんを思い出してください。
彼が、市井にあって自分が経験した事件捜査から、何から何までやって最後に片肌脱いで、遠山桜の入れ墨を見せて終わるのです。
裁判の本質を、「対立当事者がいて第3者が判定する制度である」と考えると、奉行所の仕事は、本来の裁判では有りません。
正確には、処罰手続きでしかなかったと言えるでしょう。
権力者にとっては、処罰手続きでしかなくとも、処罰と言うものは必然的に恨みを買うリスクのあるものですから、できることならば、他の事件処理と比較して公平であることと、誤って処罰しないに越したことはないのです。
そうは言っても、権力者が完全に処罰手続きに関係がなくなると、権力者のうまみがなくなり、威令が行き届きませんから、イザと言うときに影響を及ぼせる仕組みが必要です。
重罰化する思い付きでは、あまりにも露骨で恨みを買っていますから、既存の処罰基準を重く変更することはできません。そこで君主の恩恵で特に赦免してやると言う恩赦制度がどこの国でも発達したのです。
これなら恩を売るだけで恨まれることがありませんから、都合の良い制度です。
池の禅尼のとりなしで命拾いした頼朝の例がその典型ですし、現在でも政治家の口利きで、交通違反のもみ消しや、裏口入学の斡旋などが有りますが、恩赦の現在版かもしれません。
その逆をやって、従来基準以上に重く処罰して騒動になったのが忠臣蔵の綱吉でしょう。
現在の恩赦制度については、06/07/04「国事行為9(憲法67)恩赦・天皇家の存在意義11」で紹介しましたが、今では、公平、国家に尽くしたかどうかであって、時の権力者に尽くしたかどうかの基準では選出されない建前です。
今でも総理に親しい人は選ばれやすいでしょうが、一定の水準以下では総理でもどうにもなりません。
処罰手続きに戻りますと、こうした理由から、人権保障目的や正義目的でなくとも、おのずから事実認定にあたっては正確を期し、公平な処罰にするための技術が発達していきます。
こうして02/18/04の「江戸時代の法令・先例集先例集」で紹介したように先例集が発達したのです。
まあ、これがわが国の判例の先祖であり、裁判の先祖であったと思って読んで下さい。
裁判の先祖と言うと、語弊がありそうです。
鎌倉時代には、問注所・政所その上の評定と言う、もっと先輩がありましたので、ちょっと前の先祖と言うことになるのでしょうか?。
徳川時代の吟味筋の手続きは、終始、「御用」として職権的に進行し、当然弁護人は認められませんでした。
幕府の奉行、代官等は専決できる刑罰の範囲が決まっていて、これを「手限」と言いました。
現在では、簡易裁判所は限度が決まっていますが、地方裁判所は内乱罪などを除いてすべての事件を(死刑まで)扱う第一審裁判所です。
簡易裁判所は、後に紹介しますが、警察署限りで処罰を決められた違警罪処罰が憲法に反することから、これを引き継いで裁判所と称することになったものですから、本来の裁判所とは系統が違うのです。
次のコラムで簡易裁判所と普通の裁判所の違いを見ましょう。




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