11/27/04

官と宮との違い3(裁判官の役割)紀の宮の婚姻と皇籍離脱

わが国の神社には大きな家がないとしても、神様に仕える人を神官と言うのは、「仕える者」と言う意味では、まだ漢字に忠実ですが、神主(かんぬし)と言うと良く分りません。
「おおぎみは神にしあれば・・・」と言うのが万葉以来の考え方ですから、神に直接仕え、あるときは神の代理のような宮さまをあらわす「宮」と役人をあらわす「官」との区別が曖昧になっていると言うか、きわめて近い関係になっていると言うのが、私の変な推論です。
話がさらに変わりますが、裁判官の官がもしも神主(かんぬし)の官であるならば、戦後と言えどもなお、官である合理性があるでしょう。
どういう意味かと言うと、古代から、裁きは、神のみぞ知る世界でした。
わが国の裁きは、11/06/04「盟神探湯(くがたち)から、自白へ、e ゥ白から客観証拠へ」のコラムで、ご神託で始っていることを既に紹介しました。
これからの裁判は「、自白偏重ではなく、客観証拠によって裁判する」べきだとしたら、裁判官は、神の声を聞く立場、神官に類する者(巫女か?)として考える必要が出てくるだろうと言う突拍子もない意見です。
官と宮とは、建物と人の違いですから漢字の生い立ちがまったく違いますが、わが国では目上の人を指称するのに、お館様とか建物で表現することから「宮様」と「官」とは上下関係でしかなく相互乗り入れが可能で親和性が高いのです。
このたび、皇女紀宮様の婚儀が取り沙汰されていますが、宮様(内親王)が皇族外と婚姻すると、臣籍に下ってしまうのが皇室典範の定めです。
皇室典範については、06/06/03「婚姻制度 15(皇室典範1)」以下かなり細かく連載しました。
源氏物語の主人公光源氏は、臣籍に下って官位を貰えたからこそ活躍できたのですから、(当時は臣籍に下って官位を貰わなければ食べていけなかったのです。
)宮さまと官とは結構往来のある近い関係です。
わが国では、官と宮とはすぐ近い関係であるなどと言うのは、正確な漢字の意味を無視していると言う反論もあるでしょうが、和製英語があるように、漢字の和風用法があってもおかしくないのです。
つい先日の日経新聞のコラムで、「時雨」と言う熟語が、わが国では、時ならぬ雨・・・秋にしとしと降り続く雨を意味するが、中国では、本来「時機にあった雨」を意味すると書かれていましたが、このように用例が社会実態にあわせて変わってしまうことがいくらもあるのです。




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