11/06/04
取調べの可視化から、自白不要な裁判へ
このように、実際の裁判で自白偏重が戦前と変わらないとすれば、訴追側も、戦後の民主化で少しは新憲法を尊重するとしても、おおむね「従来どおりで良し」となってしまいます。
政治資金規正法の改革でも道路公団改革でも、大骨小骨を抜いて骨抜きにするのが得意ですが、戦争に負けて、法律が180度変わったと言う触れ込みですが、裁判官の認定の変更がそれほどでもないとなれば、捜査も程々の変更でよいことがわかって、ほっとしてしまいます。
結果的に捜査官は、科学的裏づけ証拠による逮捕・勾留に転回せず、先ず見込みで逮捕して、自白を取るのに全力をあげ、自白を取ったらその裏づけさえ取ればいいという逆の発想で運用されて現在にいたっているのです。
ですから、自白しないとマスコミも大変です。
まだ否認しているとか、いかにも「否認すること自体悪質」と言う書き方です。
昭和の終わりころに、免田事件など死刑囚の再審無罪が相次ぎましたが、(死刑台からの生還)これを「検察の黒星」のように書く論調が中心ですが、検察の黒星と言うよりも、自白を偏重していた当時の判決(裁判所)やマスコミ報道こそ批判されるべきです。
私は、10/23/04「教育改革の必要性(ヒエラルキーの破壊)1」以下のコラムで、教育改革にあたってはヒエラルキーのトップを変えろと主張しているように、大学が変わらねば、高校の詰め込み教育が変わらないのと同じです。
終着点の裁判所が、証拠の扱い・自白偏重を変えねば、裁判を目指して証拠収集に努力する出発点の検察・警察も変わりません。
江戸時代まで、(表向きは別として実際は現在まで、)何故自白偏重されていたのかについて考えて見ますと、自白がなければ有罪に出来ないルールがあったからです。
後に江戸時代の拷問ルールを紹介するように、滑稽なことですが、証拠がそろっているのに自白しないときなどに限定して、拷問が許されていたのです。
現在のように、有罪となる為に必要な証拠の中の一つとして自白がある仕組みから考えると、証拠がそろっているときだけ拷問して自白を求められると言うのでは、何のために自白を求めるのか、分らないでしょう。
当時は、有罪認定には自白を必須とした法則があったので、何が何でも自白を必要とし、その結果拷問してまで自白を求めるようになっていたのです。
江戸時代までの拷問ルールを見れば、裁判が自白を必要とする仕組みであれば、自白強要を生み出してしまうことが分るでしょう。
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