11/12/03

世襲と競争社会1

財産権だけでない事業経営権(領主の統治権)等を含めたものを相続するのを世襲と言うならば、世襲と言うのは、基本的に実力主義に反することになります。
法の下の平等に反すると言う憲法論をさておいても、競争の激烈な社会では、世襲は成立できませんし、既に存在していたとしても廃止の方向に向かって行くことになります。
そうした視点で考えれば、明治政府が天皇家、華族を除いて、世襲制を法的に廃止したのは、人権思想というよりも、世界競争から見て必然だったと思います。
他方社会が安定し、低成長になってくると、競争原理が正しいと言っても、社会全体では大した進歩がないのですから、世代交代のたびに、人間関係その他出来上がったものをぶち壊しているのでは、社会的損失が大きくなってきます。
古代社会で、先ず天皇家の世襲が始まったのは、対外的にまさに競争相手のない唯一『天皇』であって競争相手がなくなったからでしょう。
そして、藤原氏に始まって次々と安定勢力では、世襲が広まり、実力勝負の武士にまで及んでいましたが、応仁の乱以降の激烈な競争社会が到来すると、世襲のまま無能な指導者に君臨されたのでは、集団の安全が保てませんので、制度改正か、実力での下克上しかなかったのです。
私は以前から、下克上は必然的結果であって悪いこととは、思っていませんでした。
当時は統一国家ではなかったのですから、今のようには制度改正が出来ませんから、自分達集団が生き延びるためには、謀反と言う汚名をかぶっても下克上するしかなかったのですから、そういう謀反者は真の勇者というべきです。
またこの時代には、戦争ばかりしていたと思う人が多いでしょうが、農業などの生産性も飛躍的に増加しているのです。
話がさらに安定した江戸時代に移りますと、実力主義の下克上は、既得権層である支配者にとって迷惑ですし、また、経済の大幅な進歩が止まっている以上、実力主義(破壊と創造)のメリットはあまりなく、むしろ混乱要因でしかなくなります。
生産の増加は止まりましたが、商業はかなり発展していましたので、江戸時代でも商人は、世襲では競争に負けてしまいますので、見込みのあるのを娘婿にするなどして、事業の永続を計っていたのは良く知られているとおりです。
明治になって、天皇家と華族の世襲は残りましたが、これらは、国際競争上何の実害もないからでしょう。
今の天皇の世襲も、国際競争上何の関係もない点は同じです。
このうち華族制度は、敗戦によって廃止されましたが、これは純粋に人権の論理だけで廃止したもので社会的必然とは関係ないでしょう。
ついでに、現在の世襲について考えてみましょう。
今の世襲は当然のことながら、ほんの僅かでも法的な資格制限は許されませんので、当然事実上の世襲を考えるものです。
代議士も、地盤は事実上世襲できますが、国会に出て頭角を顕せるかどうかとなると、本人の能力次第と言うところは,江戸時代の世襲と変りません。
事業主の地位を世襲しても、事業で失敗するかどうかは、本人次第と言うのも同じですね、
源氏の棟梁の地位は引き継げても、「天下を取れるかどうかは本人次第」と言うのと同じです。
今では、法が禁止しているからではなく、家を相続しても、物体としての家を相続するだけであって、そこに付着する人間関係や影響力、格式などを相続したくても、そうしたものが何もなくなっているだけのことかもしれません。
明治以降そうしたものが残っていたのは、商売人に代表される事業体(農家や漁業もその仲間でしょう)くらいですが、これらとても、個人事業(蕎麦や魚屋など政治家)が中心でした.




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