11/30/02

民主主義とは?1

我国の民主主義は、選挙で選ばれた国会議員が国家の方針や、仕組みを決めて行くシステムですが、(国会は国権の最高機関と憲法で謳われていますが)これが、なかなかうまく機能しないように思っているのは私だけでしょうか?
代議士は国民の意見を正確に代弁するなら良いのですが、どうもそうは行かないようなのです。
あんちょこに言えば制度疲労を起こしていると言えるのでしょうが、私は実はそうは思っていません。
私は、制度そのものに組み込まれた欠陥が、時間の経過で露呈して来ただけだと思っています。
民主主義と言うのは、本質的に既存の権利者の支持によって成り立つ制度だと言えるでしょう。
これから何か新しい事をしようとする人は、、極めて少数ですから、市会議員や代議士はその階層の為に動かないのが普通でしょう。
多数支持者の為に活躍する事自体が代議士の使命とすれば尚更です。
この意味では、保守、革新と言う呼称はお笑い以外の何ものでもありません。
代議士はすべて超保守の固まりと言っても過言ではないでしょう。
社会党や民主党は、多分自民党よりも保守的な言動をしていますが、それでも革新と言います。
彼等は今回の構造改革の最も先鋭な反対階層である事は、火を見るよりも明らかです。
農業改革しかり、郵便貯金改革、公務員改革しかり、全てに強固に反対するのは彼等です。
既存権益の代弁者である与野党の代議士に任せていると、社会は創造性を失って沈滞するより外なくなります。
これは、王制であれ、共産主義であれ、独裁であれ、全ての組織が時間の経過で陥る罠だとも言えるでしょうが、これらの体制の中で、民主主義は、既得権益層の、大きな声を代弁する事が制度的に保障されていて、それを実行するのが正しい事とされている分だけ厄介です。
歴史を見ると、本当に改革しようとする決意のある君主は、王安石のようなひとりの人物(逸材)に大権を持たせてきました。
我が国の江戸時代でも、伊井大老暗殺事件のドラマで皆さん御存じのように国難にあたっては、老中の合議に任せず、大老をおいたのです。(但し享保の改革は吉宗自身がやりましたし、その後寛政、天保の改革はそれぞれ老中首座・戦前の内閣総理大臣と似た権限です・・がやりました。) 
この意味では、小泉さんが竹中大臣に丸投げしたのは、(彼が逸材ならば)全く間違いだったとは思いませんが、一任の仕方が歴史上の教訓に学んでいなかったように思います。
歴史を見ると、あらゆる国家は既得権益層に雁字搦めにされて一定の時間の経過で、崩壊してしまったのが分かります。
少しでも崩壊の速度を遅くしようとする為には、既得権益層の代弁に終始する事なく、競争相手となっている諸外国の良い所を果敢に取り入れた国だけが長く続くのです。
この良い所と言うのは、工場で言えば、単なる技術革新に相当するものを、留学生や、外国修行して来た人が取り入れるような、法律制度の小手先の改正を言っているのでは有りません。
我が国では、いわゆる先進国にキャッチアップするのが、戦前戦後を通じて目標でしたから、小手先の改正に必要な人材を養成して来た、我国の教育制度に始まる官僚制度その他の社会システムは、良く機能したと言えるでしょう。
しかし、これからは、他所の技術を学んで自分のものにするのに長けた人材よりも、自ら考える人材が必要です。
教育の仕方、入試規準、価値規準から変えて行く必要があると思います。




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