11/29/02
国会の機能 5
胎児に条件付き権利を認める場合、「解除條件がよいのか、停止條件がよいのかについて条文で明確に書けば良い』、すなわち、「国会で改正すれば良いのか、判例や学説に任せておけば良い』のかについて考えてみましよう。
これまでのコラムで書きましたように、国会は、『はっきり決める能力が有るのか、』かが、問題になります。
最近問題になっている、夫婦別姓論議などは、かなりポピュラーになっていますので、世論調査などによってかなりの程度、国民感情を知る事が出来ますが、胎児の相続権というのはそれほど社会問題化しないので、選挙の争点になる事が殆ど考えられません。
前記のとおり、国会議員の多くは、(チョコマカと忙しくて)こういう難しい問題について、ひとりの人間として深く考えるチャンスがないばかりか、選挙の争点にならないので、国民から任されていると言う自信もない筈です。
参議院は良識の府と言われていますが、現状はこういう事に関して、識見があるか否かで議員に選ばれたのではないのです。
むしろ、国会で成功する秘訣は、族議員と言って、特定の業界の権益擁護・伸長の為に、こちょこちょと動き回る事にあるのは、今春世間を騒がせた鈴木宗男衆議院議員や、(彼は何と最大派閥橋本派のホープ、すなわち総理候補と言われていたのですから、国会のレベルたるや、推して知るべしと言う所でしょうか?) 引責辞任した井上元参議院議長(こちらは将来のホープどころか、参議院のトップたる議長です。)の口利き疑惑報道をとおして、このコラムの読者は十分知っている事でしょう。
このように考えて行くと、現在の選挙システムによって選任される国会(議員)は、贈与税を少し下げると言うような、細かい議論に終始する能力しかないのはシステム上当然の帰結といえるでしょう。
こうした些末な議論に終始しているのが本来の仕事であるとすれば、本来事務屋に必要な能力ですから、国会議員は官僚上がりが幅を利かすのもむべなるかなと言う所ですね。
人倫の大本と言えるような問題については、知性と教養のある選良の集会を国会の上位に別に作って、何十年に一回、教育基本法の改定、構造改革や、道徳律、国際問題について、基本方針を決めて行くシステムの構築が必要も知れません。
そうして、現在はまさに、何十年に一回巡ってくる構造改革すべきときではないでしょうか?
©2002,
2003, 2004, 2005, 2006, 2007, 2008 稲垣法律事務所 ©弁護士 稲垣総一郎
Design
/ Maintained by Pear Computing LLC
