11/24/02
国会の機能(贈与税の軽減策)3
この頃の親は、死ぬまで自分の資産を子供に渡しません。
この事が胎児の処遇を考えるについての、環境変化のひとつと言えるでしょう。
ところで、今回は、親がいつまでもお金を握っている事について、最近話題になっている贈与税の軽減策について少し述べてみます。
『お金を使わない老人がお金を溜め込んでいる。老人が、お金の流通を阻害し、消費不況の一因となっているので、贈与税を軽減して若者に金を使わせよう』と言う主張がありますが、こういう姑息な意見は、直ぐ国会で取り上げられて改正されるようです。
私は、経済政策として、老人がお金を溜め込んでいるのがいけない、と言う主張には賛成出来ませんし、不況の原因でもないばかりか、それほど景氣対策に有効とは思っていません。
不況解決策の経済論議は別としても、親が死ぬまで資産を子供に譲らないのは、経済現象として考えてみますと、代々受け継ぐほどの資産を有する人が殆どいないと言う現実が基礎にあると考えられます。
昔の資産家と言うのは生産資源を持つ家でした。
豪農や旧家と言うのは収入源としての資産を持つ家ですし、家を継ぐと言うのは、その経営を引き継ぐ事でもあったのですから、均分相続と言う考えは不合理な制度でした。現在でも、農家や、商売人の家を例に考えれば、良く分かるでしょう。
細川家の重臣死亡後に、分割相続を強制された悲劇を描いた森鴎外の有名な小説『阿部一族』を、思い浮かべる人も多いでしょう。
また現在のバカを意味する昔の言葉に『タワケ』とう言葉がありますが、これは、田を分ける事から生じた言葉で、田を子孫にわけるのは、『たわけ』と言って、愚かな事を現わす意味に昇格した例です。
でもこの時代に資産のない長屋の熊さんが死んだときは、身寄りが平等に、身の回りの品を形見に分け合った事でしょう。
何時の時代でも原則と例外はありますから、現在は、商売している家の方が少なく、単に消費するだけの遺産(長屋が、マンションに変わり、テレビや、タンスも有るでしょうが本質は同じです。)の人が大多数とすれば、長男だけが一人占めにするのは不合理と言うだけの事です。
このように世襲制度、長子単独相続制度を、過った古い制度と誤解している人が多いと思いますが、その時代、時代の経済構造にあった制度か否かを考えてみる必要があるのです。
話は変わりますが、『民法』と現在は呼んで行ますが、正式には、『市民の法』と言われていまして、ナポレオンが制定したのはコ−ド・シビルという名称で、市民・ブルジョワジーを対象にしたものです。ブルジョワジーと言えば、みなさんもピンと来るでしょうが、教養と財産を持った階級と翻訳されていますように、あちこちに別荘や広大な農地や工場をを持ち、馬車で舞踏会に繰り出す階級の事です。
この人々の為の法律ですので、遺産相続と言っても、現在の我々が自宅一軒で心配しているのと桁が違う訳です。
我が国でも、明治維新政府は、長屋の八さん、熊さんが相続する財産などある訳がないので、元々民法はこう言う人の事を予定していなかったのです。
明治政府がヨーロッパの社交界をまねて、作った鹿鳴館と言う社交場の事を御存じだと思いますが、そこに出入りするものとして、労働者や、サラリーマンを予定していなかったと言えばわかりやすいでしょう。こういう時代の資産家はイコール経営者でしたので、当然死ぬまで実権を握っている事は不可能なので、隠居制度が用意されていました。今で言えば、昔の家産に該当するのは事業家の事業資産と言う所ですから、現在でも、企業の経営権を、死ぬまで握っている人はいません(隠居制度がない代わり社長は退くのが普通です。)ので、必ずしも、今の人が何時までも資産を握って手放さないとは言い切れません。
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