11/22/02
国会の機能 1
胎児が、何時から権利能力があるかという解釈の如何によって、結果に重大な違いが出る事を前回までのコラムで説明しました。
そんな議論をしていないで、現在のややこしい条文を、『胎児の段階で権利能力がある。』,或いは『、胎児の段階では何の権利もない。』というように、「国会の意思で条文を明確化すれば済むんじゃないの?』と言う疑問を持つ人もいるでしょう。
しかし、無条件で『胎児の段階で権利能力がある。』と言う条文を作ると、後に死産であったときでも、一旦胎児が相続してしまい、胎児が相続して取得した財産(胎児の遺産)を胎児が死んだ時に、その相続人が再取得する事に決まってしまいます。
現在の条文ですと遡及効のある解除條件説でも、死産の時はやっぱり胎児はいなかった扱いですので、同じ内容では無くなってしまうのです。
『法律なんだから、国会の意思で決めるんだから、それでいいんじゃないの?』という人もいるでしょうが、こういう問題は、以前のコラムで、『民法は簡単に改正されない性質がある』と書きましたように、長い年月をかけて形成された民族の歴史を無視出来ません。
その時々の、多数勢力と言っても、消費税の是非や、汚職事件後の選挙,分裂立候補で漁夫の利を占めたり、その他に別の争点で勝った勢力もあるでしょう。
また安定した権力政党である自民党でも、橋を造ったり、入札に影響力を行使したり、族議員として、国家全体の利益よりも、特定の産業界の利益の為に頑張って、支持を受けたり、就職の世話をマメにしているなどで当選している議員が大半ですから、こういう事について、「国民から俺はまかされている」と自信を持って言える人は殆どいない筈です。
それにも拘らず、深い考えもなく、『死産でも相続させればいい』或いは、『生きて生まれようが、胎児には何の権利も認めない』と言い切るには、無責任な勇気がいるものです。
こういう争点に対して自分の態度を明らかにして当選した訳でもないのに、任かされているように言うのは、一種の権利乱用に当たるでしょう。(勿論、代議士は投票者の代理人ではなく、全国民の代表者であるべきと言う法理論がある事を前提としつつ、実態を前提に述べているものです。)
こういう場合、『私が発言するのはおこがましいので』と遠慮するべきではないでしようか?
©2002,
2003, 2004, 2005, 2006, 2007, 2008 稲垣法律事務所 ©弁護士 稲垣総一郎
Design
/ Maintained by Pear Computing LLC
