11/06/02
自然人(民法 2) 1
自然人は法律の手続きがいらないと言いますが 、どう言う時に自然人即ち『人』に成れるのでしょうか?
民法と言う基本法典は、その第1条の『私権の亨有は出生に始まる』という名文句で始まります。
生まれて初めて人間様になるのですから当たり前ジャン、と気楽に片づける人もいるでしょうが、そのとおり、生まれて初めていろいろな権利の主体になる、すなわち、人になると言う事を宣言した条文です。
これは自然人である限り、人種、男女、年齢、知能の程度、その他一切の事情を問題にせず、法律上権利主体になれる始まりを定めたものです。人は、生まれながらにして権利主体になる事の宣言と、言えるでしょう。
江戸時代の長屋の住人熊さんは、町人(いまの言葉で言えば、市民権みたいなものかな?)と言う資格がなく、まさに『熊さん』だったと言われています。
もっとも、こう言う説明は、法律家から聞いたものでなく、歴史家の講演で聞いたものですので、町人はどういう資格があって、町人になれない長屋の住人はどう言う資格がないのかと言う、厳密な法的分析までしない漠然とした話の受け売りですので、そのつもりでお読みください。
尚、念のため法制史の本を1〜2読んでみましたが、『町屋敷地を所持し、(所有とどう違うのかの説明無し、)町政に参加して公役を負担する家持ち、地主を町人と呼び、地借店借と区別された』(青林書院刊牧英正他編194頁)と言うだけで、どう言う能力を持っていたのか具体的に書いていません。
私が考えているような、日本の権利能力の歴史、行為能力の歴史、選挙権の歴史等など具体的な歴史学はこれからのことである事が分かりました。
歴史家の話に戻りますと、お奉行所へ出頭する時は、町人(現在で言えば市民権資格の有る屋敷地の所持者)が、羽織り(現在の動物達にも、背広さえ着せれば、法廷に出られるようにしてやれば、いいですね)を羽織って店子の不祥事や、御褒美を頂くような公式行事が有ると店子を連れて出頭するのが決まりだったと言います。
ノーベル賞の田中さんが、文化勲章授賞式に、モーニングを着なければならないのと似ていますね。何せ、店子は町人(市民)として認められていなかった(言われていますが、歴史家の言う所の一人前ではなかったと言うのは、法律的に解釈すると、権利能力の事ではなく法律行為能力の可能性が有ります。)ので、権利?行為能力のある名主とか、江戸では町人(落語に出てくる大家では有りません。落語に出てくる大家は、今で言うとアパートの管理人、少し前には差配と言う役目の人です。管理人でしかないのですが一定の教養が有るのと、時代が進むに連れて、長屋の所有者が不在地主化した為、管理人である大家が代わって、公の場に出頭していました。)が当事者?または、代理人?または補佐人?・・・前記のとおり、法制史の本を読んでも、どう言う能力か法的な分類がされていませんのではっきりしません・・・・として出頭して言い渡しを受けるのです。(そしていまのお話はこういう事だと八っつあんや、熊さんに噛み砕いて教えたりします。)話が脱線しましたが、我が国では、大化の改新のころには権利能力の無さそうな、公奴婢と言うものが存したようでですが、次第に良民に組み込まれ、西洋や中国のように権利能力の認められない人がいた時代は長くなかったように考えられます。(私見)
我が国は別として、世界中を通じてみますと、『人は人である』と言うだけでは権利能力の主体になれない時代が長かったと言われていたのですから、民法第1条はとても大きな意味が有ると言われています。
©2002,
2003, 2004, 2005, 2006 稲垣法律事務所 ©弁護士 稲垣総一郎
Design
/ Maintained by Pear Computing LLC
