11/05/02
人の種類 (民法1) 2
何故、法律で自然人だけでなく、法人と言う『ひと』が必要になったのでしょうか?
近代にはいって、『人間だけがいろいろな権利の主体になれる』と言うイデオロギーが、出来上がってみると、不都合な事が起きて来ました。(我が国では、江戸時代に象が、御所に参内する為に高い位を頂いたり、平安時代には、天皇御寵愛のネコが、命婦のおとどと呼ばれたりしていましたよ)誰の物でもない部落全体で持っているお祭りの道具に始まって、いろいろな形で一定の団体や組織が、いろいろな権利主体である事がわかって来て、これらに権利主体を
与えなければ社会が立ち行かないので、法律で特に定める条件に合致した時だけ法律で特別に『人』として権利能力者として認める事にしたのが法人です。最近の例で言いますと、NGO,NPOなどと言うボランテイア団体が、活躍していますが、これらの団体がいろいろな権利主体に成れないので、(例えば団体名で預金口座も作
れないのです。)活動に支障がある事から、『法』人格を認めるようになったと言う新聞記事を、このコラムの読者は、読んだ事があるかも知れません。このように、法律で人と同じように権利の主体になれると言うシステムが出来て、法人(法律で作った人と言うのですから、今はやりのロボットの先輩みたいですね)と言う言葉が生まれると、これに対応して『法』で作ったものではないと言う意味で自然人と言う言葉が出来て来たのです。ところで、『自然』と言う漢字を見ますと、『おのづからしかる』という意味ですので、法律の定めた手続きをした時だけ認められる法律上の法人とは異なる事が分かるでしょう。
法律学や法律では、『自然と法』をこのような区別で分類している事がかなり有りますので、今後気を付けて見て下さい。
ここで、ついでに少し例を上げますと、刑法学では、法定犯と自然犯と言う分類が有ります。
窃盗や殺人は、刑法ができる前から、すなわち人類の始まりから犯罪だったと言う程度の意味です。
法定犯と言うのは、届け出を怠った場合の罰則などがそうですが、かなり技術的で、行政取り締まり法規違反が典型とされています。
法律で規制して初めて犯罪になるものですから処罰されても、本人も周りの人も、それほど罪の意識がないのが特徴です。
但しこの区別は流動的で、法定犯が次第に自然犯に組み入れられて行くことが有ります。
たとえば、道路交通法違反などは、私の若い頃は法定犯の扱いでしたが、(スピード違反で捕まっても、本人も周りも犯罪者と言う自覚がないのが普通です。)最近では、飲酒運転などは、れっきした犯罪と言う、社会のコンセンサスが出来つつ有る様です。
また、民法では自然債務と言う概念が有りますし、憲法では、自然法と言う概念が有ります。
それぞれ解説していると長くなりますので、ここでは、自然?00と法000の使い分けだけ分かっていただければ良いので、別の機会に説明しましょう。
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