10/28/07
相続分21(みなし相続財産3)(民法349)
ではこの逆に、取得時の時価で評価するとしたらどうでしょう?
前記の例では、取得時評価は結果平等ですが、また別に不平等になる場合が多いのです。
前記のように、すぐに土地を買えるほどの贈与を受ければ別ですが、世間ではそんな大金の贈与を受ける事例は滅多にありません。
パラパラと貰っていたような場合、お金で貰った方は、不動産を取得し損ねることが殆どです。
次男三男が、長男が受け継いだ農地と同じだけ買い漁れるほどのお金を貰う事例は殆どありません。
ですから、時価総額同等の株式や現金をそれぞれもらっていれば、どのように運用したかは各人の能力次第と言うのはそのとおりですが、実際はそういう生前贈与は少なかったのです。
兄が貰うのは土地面積100倍で更地(農地や山林)とし、弟が貰う土地は、その100分の1の約50坪しかない代わりに新築の家があって、総額表示では兄の貰った土地総額と同じ額としても、弟のほうは家を切り売りできません。
(兄は、その間親と同居していて自分の家が要らなかった場合など・・・)
親が死亡した30年後には、弟の貰った家の価値はゼロみたいですが、土地だけは50倍に値上がりしているとした場合などいろいろあります。
このように見ていくと、同じ種類の物(土地と土地、家と家、絵画と絵画など)を貰った場合でなければ、死亡時の評価をどうするかによってものすごい不公平が生じます。
ところが、実際には、別々の物を貰うことが多いので、複雑なのです。
ところで、同種のものでも、株式や預金など換金目的のものならその後の運用方法は貰った人の勝手ですが、同じ土地100坪貰っても住んでいる土地をもらった人は、チャンスをみて売り抜けるわけに行かないのに対し、居住用でない土地をもらった人はもらった人の才覚次第で売り抜けたり、あるいはもっと上がると思って持っていたり、自由自在と言えます。
預貯金でも、生活費カツカツのお金を少しづつ貰った人は、その場で使ってしまうので運用のチャンスがないのに対し、まとまってもらった人は、運用するかしないかは、その人の責任と言えます。
そのように生活費以外にまとまって運用できるほど巨額の贈与を受ける金持ちばかりではないのですから、実態にあわないことが多いのです。
これからは、法的主体になるのは農家主体ではなく、都会の勤労者家庭の相続が中心ですから、生前贈与と言っても大したことがないことが多いのです。
こうしてみていくと、貰った人が平等に運用するチャンスがある場合とそうでない場合には分けて考えていく必要があることが分かります。
都会人で、ちょっとした贈与を受けて来た程度では、相続で問題にする必要がないと言う指針が必要です。
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