10/23/07
技功的生き方と生活の知恵(君子・法・は豹変す)1
非嫡出子に何の責任もないのに、どうして差別するのかという疑問に対して、
「それは観念論であって、非嫡出子と言うのは殆どが夫の不貞による子どもである。」
「家庭を奪われ、さらに相続権まで主張されるのでは、正妻の立場はたまらない」
と言う反論があります。
「生まれて来た子供に罪がない」
と言うきれいごとだけでは、割り切れないのも事実でしょう。
しかし、私が20年程前に扱った前回紹介した事件の依頼者の場合は、夫の不貞行為によって生まれたものではありません。
それでも、他の相続人の半分で良いでしょうか、皆さんどう考えますか?
私は、事案ごとの柔軟な解決が出来るような法制度が必要だという考えです。
話が大きく変わりますが、昭和50年代初めころには、いくつかの親子関係不存在確認事件を担当したことがあります。
その殆どは、村の大きな旧家の事件でした。
どういうことかというと、昔も今も、結構、未婚の母がいたらしいのです。
言うならば、人類の基本にかかわる行動原理は何時の時代も、それほどの大きな変化がないとも言えるでしょう。
今なら堂々と「未婚の母」でとおすでしょうが、昔は、それでは食べていけませんし、まともな結婚はもちろん出来ません。
そこで、娘の子供はその家(娘の両親)で育てますが、戸籍上だけでも貸してくれないかということが、多かったようです。
庶民にも戸籍はあるのですから、自分の娘とか息子として出生届をすれば済むのですが、たぶん娘の両親の年齢の関係で、自分の子供としては届けられない場合が多いのだと思います。
それにしても、親戚などで引き受ければいいものと思うのですが、何故か旧家で引き受けることが多かったようです。
ひとつには、困り事があると、内密にまず相談するのは、地主さんその他有力者であることが多い面もあったでしょう。
庶民同士は、意外と、困ったことがあると、すぐ身を引く傾向があるので、イザとなると相談相手にならないのです。
そういうことで、頼られて、相談を受けた上は、内密に引き受ける地主階級が多かったのかもしれません。
昔から、「たのうだる人」という表現がありますが、人の上に立つほどの者は、下のものから何か抜き差しならないことで頼まれると、むやみに断らないのが必要条件だったのです。
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