10/11/07

相続放棄とみなし規定2(民法307)

裸の王様今では、法(国家権力)の力で、
「事実に反したことでも、強制できる・・白いものでも黒とし、黒でも白とみなす」・・と、法で決めるとそのとおりの効力が出るという、ものすごい強力な時代が来ているのです。
「自衛隊は戦力か?」と言う議論がありましたが、昭和30年代に書かれた憲法学者の本で、
   「これを戦力でないというのは、カラスを鷺と言うに等しい」
と言うような表現で批判しているのを読んだことがありますが、今の国家は、法で決めれば何でも出来ると言う考え方で運営しているのです。
このように、カラスを鷺と言いくるめるような明々白々な事例でも、さらに50年近くたってしまうと、自衛隊は戦力か?という疑問を呈することですら、変な顔で見られる世の中になってきました。
国家の欺瞞力のすごさです。
とは言え、事実に反する法の強制は、容易に国民の支持を得られませんから、その正当性を担保するために、民主主義と多数決原理を導入しているのです。
これに加えて、絶対的なものはこの世に存在しない・・・相対性の原理が、近代から現在社会の思想原理となっているのですが、これがまた政府・権力に都合がよいのです。
絶対的真実と言うものは存在しないのだから、ある事実の有無・真理も、多数決で相対的に決めて何が悪いの?と言う論理構造になってきます。
多数決で黒を白だとか黄色・・これが猥褻だと決めれば、「違うよ!それは赤だよ」「猥褻ではない」という論争自体無意味になってくる社会です。
(言論の自由があるので、主張するのは勝手ですが・・・。)
言葉の乱れがよく言われますが、赤を黒という人の方が増えれば、それまでの赤を黒と言う人のほうが正しくなるのです。
事実は、幾通りにもあることが前提になっているのですから、真実かどうかを決める必要がなく、多数の決めたことが事実と違っても、これを正しいこととする約束の社会なのです。
刑事訴訟法は、絶対的真実探求の手続きではなく、訴訟的真実・手続き的正義を追求するだけであるというのも、こうした思想の反映でしょう。
裸の王様は、子供に真実を指摘されて赤面しましたが、今の王様・・政府は、元々事実と違っている前提で、みなし規定を作れるのですから、真実を指摘されても何ら困らないのでしょう。
わが国では、アンデルセンさんも顔負けです。
子供がここにいますといっても、「いないものとみなして」いて、事実の有無を問題にしないというのです。
将来的には、この強引な擬制をやめて、単に相続からプラスマイナス一切を無関係にする旨・・たとえば、「放棄したものは、一切の相続から除外される」などの規定を設ける工夫をすればいいのではないでしょうか。



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