10/09/07

相続分11(民法299)(子供がいない場合1)

時代がさらに移ると、自己資産に占める先祖からの遺産の比重が減少する一方でしょうから、法は原則的場合に対応しておくべきだとすれば、今の法律は原則と例外を逆転して規定していることになります。
ただし、この傾向は、戦後の高度成長期の一時的特殊事情になるかもしれません。
焼け野が原から再出発した戦後日本は、農家以外には、多くの人にとっては親譲りの資産が殆どなくて、自力で稼いで自分の住む家を作り出すしかなかった時代でした。
たまにある程度親に資産がある場合でも、兄弟が4〜5人もいて、しかも均分相続になったので、親の残した家などを分配して貰っても大したことがなかったのです。
これに加えて物価の急上昇と生活水準・・・技術水準の急上昇が追い討ちをかけました。
親の持っていた家や家財道具などは陳腐化が激しくて、貰っても骨董的価値があればいい方で・・ノスタルジアにしかならないものばかりでした。
人口の都会への大移動が進んだ時期でしたから、東北や九州地方の農地の一部や家をもらっても意味がなく、かと言って、東京で家を建てるのに役立つほどの遺産分けを出来る農家は滅多になかったのです。
これが、少子化の進展で、まず、遺産分配に参加する人が一人または2人となってきましたし、親世代の大多数が、既に大都会に住んでいる時代ですから、夫婦双方の兄弟2人とすれば各自の親の家敷地の半分の権利を受け継ぐと、ちょうど自分達の家の敷地が出来上がる関係になってきました。
しかも、高度成長期には、普通の人はみんな自分で家を持てるほど恵まれていましたが・・・サラリーマンなら普通は部長クラスまで行ったのですが・・・・こうした時代は終わり、安定社会になってきましたので、現在の人はうっかりするとニートや派遣社員にしかなれない時代です。
こいう時代には、目覚しく稼げる人も減りましたので、親が残してくれる一軒だけの家でも・・遺産や贈与の寄与度が比較的大きくなっているのです。
ただし、親が長生きする時代ですから、親の遺産を手に入れられるのは子世代が5〜60代になってからということが多くなったので、人生で最もお金の必要な時期が終わってからになってきました。
いずれにせよ、都会生活者は、ある程度成功した人でも、長寿化を全うした後には、自分の住む家一軒(大小は別として)と多少の金融資産を残していくのがやっとです。
20年位前までは、55才定年制でしたが、このときの人たちはまだ70台半ばで、おおむね元気ですし、彼らが90台まで生きるとすれば、退職金その他大概の蓄積は食い潰してしまうでしょう。
配偶者のうち母親が生き残るのが普通ですので、母親の生きている間は、母親の住んでいる家はそのまま・・結局は、母が全部相続するのと実際的には変らない解決が殆どです。



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