10/24/06
公示機能から国民管理制度へ3(後見制度の変化1)
登記登録制緯度に関するこうした方向転換の最たるものは、被後見制度ではないでしょうか?
これは、開示に難癖つけるようになった戸籍制度の事実上の運用とは違い、制度上の変更を伴うものでした。
被後見制度の前身であった従来の禁治産・準禁治産制度は、財産取り引き能力の否定ないし制限でしたから、取り引きの相手方に対する公示機能は必須でした。
(禁治産と言う漢字自体・・・「財産を治めるのを禁止する」・・から、その意味も分かるでしょう。)
取り引きをしてから、この人は能力がないので契約は無効ですとか、取り消しますと言われたら、混乱するからです。
例えば、準禁治産宣告の事由の一つに、「浪費者」と言うものがありましたが、これなどは第三者には全く窺い知れない要件でした。
成年後見制度については、02/12/03「成年後見契約 1(民法30)」その他で書いて来ましたので、検索してください。
これを戸籍謄本で確認すると言うのが、公示制度の仕組みでした。
このころは、誰でも戸籍謄本を取れる仕組みでしたから、考え方としては一貫していたのです。
(実際に戸籍謄本を取って確認する人は、少なかったでしょうが・・・・。)
それが、平成の始めころからいきなり、プライバシー保護がうるさくなって、簡単に戸籍謄本が取れなくなり、さらには、被後見制度になってからは、戸籍の記載事項ではなく、登記事項となりました。
戸籍謄本の取得がうるさくなったから、公示のためには登記事項に移したのかな?と、私は善解していましたが、蓋を開けてみると、この登記は不動産登記などと違い、誰でも取れる仕組みになっていないのです。
関係者にしか見せない登記制度では、公示を本質とする登記と言う法律用語を使う方がおかしいのです。
しかも、何故か東京法務局しか登記しないと言うのですから、政府の一元的管理制度といったほうが良いでしょう。
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