10/23/06
公示機能から国民管理制度へ2(内縁の保護強化)
いわば最初の内は、個々人に対する直接の管理をするのが難しかったので、家・グループ単位で管理するためには、家族構成員の届出が必須でした。
もとは、何々家の五郎とか一郎とかの表記が普通でした。
(源九郎判官義経が有名ですが、その他、伊藤五、伊藤六などみな、そういう特定の仕方だったのです。)
こういう時代には、どこの家・・組織に属するかが重要ですから、婚姻届出制に明治政府はこだわったのでしょう。
個人的な人間関係でも、家の所属では意味がなさなくなった戦後では、どこそこの会社の誰それと言う名刺を出すのが普通になりました。
内縁関係に対する締め付けが緩んだのは、住民基本台帳制度・・・ひいては保険や年金制度などが完備し、国家は個々人単位で直接管理できるようになった事が大きいでしょう。
内縁だろうが正式婚姻だろうが、国民管理のための手段としては、国家としては今や重要性が乏しくなったので、未届け婚姻に対する嫌がらせが緩くなったと言う見方が、出来るでしょう。
つい最近、戸籍の記載で、長男次男などの家族内の関係記載もなくなったのも、同じ意味合いから考えることが出来るでしょう。(人権意識とは関係ないのです)
あるいは、非嫡出子に対する差別が違憲であると言う判例の趨勢も、個人の管理が容易になって家と言う媒介の必要性がなくなった時代の流れにあるとも、言えるでしょう。
夫婦別姓問題が議論になってきたのは、個人を直接相手にするカード社会の到来と無関係では有りません。
この視点から夫婦別姓・別氏問題を、04/15/05「夫婦別姓26(カード社会1)」前後で書いています。
このように、誰もが個人として登録しておかないと日常生活が出来ない・・不便な時代が来ると、戸籍制度は、国民生活の利便性向上・・公示するために、整備する必要があるなどと宣伝する必要性がなくなってきます。
登記登録関係は、政府が人民を管理するための制度であると言う本性をあらわし始めたのが(いきなりプライバシー保護など言い出した)、ここ10数年来の政策でしょう。
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