10/19/06

衡平と公平の角逐(公概念の流行)2

規格競争の勝敗については、ネーミングの巧拙だけではでなかったかも知れません。
明治以降いろんな世界・分野で、公務員、公民館、公共事業、公人、など「公的」?なことには、公をつけるのが大流行です。
この潮流・・大流行に、衡平が飲み込まれただけと言うこともあるかもしれません。
公に付いては、私との対立概念として、08/22/06「公開の裁判を受ける権利5(憲法187)publiclyとは?2」の前後で少し触れましたので参照してください。
いずれにせよ、規格競争で敗れてしまった筈の衡平と言う熟語が、何故英米法の教科書にだけ残っているのかが、疑問です。
これは、明治の中期以降、法典論争を経て、ドイツなど大陸系の法が日本に定着していったことと関係があるでしょう。
明治維新以降の日本は、政治・軍事的には日英同盟の例で分かるように英米寄りでしたが、法律や学問(医学)文芸を含めて何故か大陸系が好まれたのです。
法典論争の実質的背景は、イギリス法系学者による反対運動であった経緯を、06/04/03「婚姻制度 (明治時代の婚姻制度3)13(民法典論争2)」のコラムで少し触れました。
この結果、日本の法律界では大陸法系の法律=学者が幅を利かすようになり、英米法が日本で日の目を見ないままになったのです。
そこで、世の中が殆どドイツ・フランス系の法律ばかりになってしまい、英法系の学者の書いた翻訳語であった衡平法と言う熟語が修正を受けるチャンスがないままになったのが原因でしょう。
法典論争後の日本の法律の世界では、英米法系の法律は、誰も問題にしないほど社会の片隅に追いやられてしまったのです。
その後は、実用法学としてではなく、一部の学者だけが細々と研究していただけですから、特別な用語(死語)として、英米法の教科書で化石のように残っていただけかも知れません。
これが、戦後英米法の大量導入の結果、脚光を浴びるとまで行かないが息を吹き返しただけでは、ないでしょうか。



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