10/17/06
法律専門職の発生2(大蔵省と勘定奉行・・勝手方の違い)
ちなみに勝手の「手」とは、個人の手を意味するのではなく、源平時代から戦国時代に多用された「寄せ手の大将軍は・・・」、攻め手、搦め手、大手などの熟語から連想されるとおり、一方の勢力を意味する言葉でしょう。
ですから、「勝手」とは勝者の陣営・・・勝者側と言う程度の意味だったでしょう。
結局わがまま「勝手」と言う熟語は、勝者側の戦後処理が道理に反していようが、負けた方は、何も言えないということから、発達したものでしょうか?
これとお金の使い道には誰も口出し出来ないという意味が合わさって、勝手方が財政係りを意味するようになったのでしょう。
ちなみに財政省と言えば、お金に絡んだ政策立案をする役所かと分かり良いですが、大蔵省と言うのは、倉庫の管理人・・財産管理人的色彩の濃い役所名ですから、経済政策立案のためには、経済企画庁という別の役所が生まれていました。
ところで、最近各省庁の統廃合で、せっかく名称が変わったのに、大蔵省が財務省と言うだけですから、これでは財産担当役所と言う意味にしかならず、あまり変り映えしません。
結局は理財局の親分みたいな印象です。
経済企画庁がなくなった分だけ、政策官庁が減った印象です。
「お金の使い方は、勝手でしょう」という役所の存在・・・・江戸時代の勘定奉行とか、勝手方の方が、単なる財産管理係りではなく、財政・・政策官庁のような印象ですから、発想が進んでいたのでしょうか?
話を、勝手方と公事方に分かれた次の話に戻ります。
訴訟を扱う公事方奉行配下の評定所留役と言うものが、評定所、公事方勘定奉行所の裁判にあたるほか、寺社奉行所にも出役して、吟味物調役となって寺社奉行所の裁判も担当していました。
江戸時代には、争訟ごとを公事といい、民事系を出入筋、刑事系を吟味筋と言っていたことを、02/19/04「江戸時代の裁判1(出入筋と吟味筋)与力 同心」のコラムで、紹介しました。
今でいえば裁判官が、海難審判所に出向して審判しているのと同じでしょうか?
他方、町奉行所系は、犯罪捜査、刑罰執行面の役割も重要でしたが、町奉行所の裁判を実際に担当していたのは、吟味方与力でした。
関連ページリンク
©2002,
2003, 2004, 2005, 2006, 2007, 2008 稲垣法律事務所 ©弁護士 稲垣総一郎
Design
/ Maintained by Pear Computing LLC
