10/10/06
資格緩和5と淳風美俗1(終身雇用)
これに限らず、能力担保のために、一定の講習さえ受ければいいと言う仕組みは、それ自体、既に政治的決着で資格付与が決まっていることのまやかしでしかないことが殆どです。
政治の横車でこう言う制度が蔓延して行くと、資格制度の実質が失われ、その資格の信用が低下して行かざるを得ません。
今次(平成)の司法改革と言うものは、一方で能力の有無にかかわらない増員を決め、他方で抜け穴的資格付与制度をいくつも創設したのですから、結果的に弁護士の社会的地位の低下を目指すものになると言うのが私の意見です。
平成の司法改革の目指すものについては、これまでもあちこちに批判的に書いていますので、司法改革・支援センター等のキーワードで検索してみてください。
資格試験では、入り口を広げてしまうと日本の事なかれ主義の弊害で、卒業段階での絞込みは殆ど不可能です。
既に紹介したように、せいぜい合格留保として卒業を数ヶ月遅らせるくらいが関の山です。
入り口・・試験段階では、受験生とは、面識がないので、能力がなければ冷酷に?不合格として切り捨てられるのですが、出口になると顔を知っている関係になるので、関係者が何とかしてくれ、あるいは何とかしたいという気持ちになるし、何かと切捨てが難しくなるのです。
これが「入るは易く出るは難しい」と言われる欧米の大学と、入るのは難しいが、入ったら遊んでいても卒業できる日本の大学などとの違いです。
私自身もこんなことを書いていますが、自分のところの修習生に関しては、また話しは別で、「何とかしてくれ!」となるのです。
これが我が国の「淳風美俗?」と言うものでしょうか。
外国企業にとって、日本は参入は難しいが、参入してしまえば、こんな居心地の良い社会はないといわれていますが、仲間になった以上は運命共同体としての一体意識の強い社会なのです。
これは、10月6日・・・3のコラムでも紹介しましたが、江戸時代数百年のあいだに刷り込まれた郷土(むら)意識の結果でしょう。
もちろん江戸時代に封建制度(分国支配)が定着できたのは、その前から、これを好む国民意識・・・社会・・その前提としての気候風土(地形の複雑さ)があってのことです。
私が、江戸時代数百年と言っているのは、制度として・・結果として表面化した時代と言うだけの意味です。
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