10/05/06

千葉人24(気楽な社会2)

こうして、明治維新でも千葉を素通りした勤勉革命は、高度成長期でも在来千葉県人を素通りしてしまったように見えます。
工場からの誘いをボイコットしてしまった千葉県人は、どうしたのでしょうか?
結局は食べて行くのに困らないから、朝から晩まで働かされると、
   (牛や馬じゃあるめいし) 「冗談じゃねや!」
と辞めることが出来るのです。
世の中が変わってくると、「こうしたお気楽な人種は、生きていくのが大変じゃないか?」と他人事ながら心配になります。
ところで、昨年の春先に担当した当事者ですが、縄文人の気風そのままに生きてきた人生のようでした。
顔つきは見るからにお気楽な風貌ですし、これまでの職歴を聞くと運転手から調理見習、それから足場職人と気楽に変わっていて、まるで脈絡がないのです。
どうして運転手を辞めたの?と聞くと
    「仕事がキツかったから」
とこともなげに言うのですが、そのころの年齢を見るとまだ20台なのです。
     「20代で、車の運転するくらいの仕事で、何がきついの?」
と聞いても、毎日働くのが納得出来なかったらしいのです。
それから、なぜか飲食店の見習をして、また何年かしていきなり足場職人です。
    「どうして?」
ときくと
     「やってみたくなったから・・・。」
それでも、何とか独立していたのですが、(千葉は気候風土が良いだけでなく、いろんな意味で厳しくないので、誰でも直ぐ独立して何とかやっていける土地柄です。)
   「心臓が弱くなって働けなくなったので、そろそろ仕事やめようかなと思っていた。」
と言うので、
    「では、仕事中の従業員や資材はどうしたの?」
と聞くと、
「何となくやめる気持ちになっていたので、半年くらい前から仕事を減らして自分ひとりでやっていたから、そのときは誰も職人はいないし、足場も殆ど返し終わっている。」
と言うのです。
「でも、いくら仕事を減らしても足場の取り外しなどの仕事は、相棒がいないと1人では持てないんじゃあないの?」
と聞くと、
「いやあ、通りかかりの高校生を呼び止めて、『アンちゃん・・・一寸下にきて、このはしっこを持ってくれや・・・』といえば手伝ってくれる。」
と言うのです。
彼は、千円とか少し小遣いをやれば喜んでやってくれると言うのですが、すべて安直に生きてきた感じです。
確かに田舎の見晴らしのよい水田地帯で、一戸建て現場の足場に上っていれば、田んぼ2〜3枚隔てた向こうの道路を歩いている高校生くらいは見つけられるかもしれませんが、気楽なものです。
こうした幸せな生き方のままで、にこにこした幸せそうな顔で、人生を終えられるなら千葉は何時までも極楽です。



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