10/31/05

中朝近代化日本(歴史違い

日本に言わせれば、朝鮮は専制君主制であろうがなかろうが、西洋の進んだ文物を日本のように取り入れていけば、(そのための教育制度改革を含めて)欧米列強に対抗できるという考えだったでしょう。
日本は、明治維新でやっと中央集権化したばかりで、いまだ官僚制が牢固としていませんでしたから、専制君主制になって却って近代化出来たのです。
(むしろ、先進国文化の吸収システムとしては、中央集権化した官僚制の構築の方が能率が良かったでしょう。)
これが、今や先進国からの吸収ばかりの時代ではなく、創意工夫の時代となって行き詰まっているから、逆に官僚制を打破すべきだというのが、年来の私の意見です。
(この意見は、一貫してあちこちに書いていますので、適当に検索してください。)
或いは元気な地方があって、これを臨時に集約したから効果が出たのであって、長年中央集権化したままですと、供給源の地方が疲弊しますので、中国や朝鮮のように根が絡まってしまう(窒息状態になる)リスクがあります。
清朝や李氏朝鮮では、紀元前の秦以来の長きにわたって中央集権国家でやってきて地方分権時代が全くなかったのです。
しかも、これに対応する科挙官僚制の根が絡まりすぎていて、これが時代の進運に遅れてしまった原因でした。
日本は、中国や朝鮮と比較して、独自の政治形態・・封建領主の割拠=地方分権で発展して来たのに対し、中国と朝鮮はずっと長い間専制君主国家=中央集権国家・・同じ政治体制で発展して来た違いがあったのです。
こうしてみると、地方分権から中央集権へ切り替えて成功した、日本の教訓を中国や朝鮮に押し付けるのは、無理があったでしょう。
では、清朝や朝鮮では、立派な官僚制が既に出来上がっているから、日本より有利だったかと言うとそうではなかったのです。



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