10/31/05

日韓併合5(ロシア保護国化と日露戦争2)

これまで中東の王制の歴史を見てきましたが、王制や部族長の権威を温存しておけば、彼らは自己保身のために国益に反しても、後ろ盾になる大国の意向で動き易いのです。
先進国(米英仏など)は、旧植民地での利権を温存するために、自分ところは民主主義国でありながら、植民地を独立させても、旧被支配国には王制や古い習俗の温存を示唆したり、支援することが多かった理由です。
ヨルダン国王の例を見ても、彼は、国民(パレスチナ人)の要求と自分の保身との板ばさみになるのです。
板ばさみになると言うことは、国民の要求そのとおりに政治をしないということです。
このように、朝鮮の近代化を求める日本と違って、ロシアは朝鮮を王制にしておいたほうが、宗主国・・・自国の意見の代弁者が出来て便利なので、ミンピら王党派に王制存続の御墨付きを与えて、自国の保護国化に誘導するのです。
そこで、10/15/05「日韓併合4(ロシア保護国化する朝鮮1)(混乱期に必要な人材)」の続きとなります。
日本のように被支配地の近代化に努力し、教育制度を普及させていた国は、最近のアメリカの方針変更以前には世界中で外にないでしょう。(私が知らないだけかもしれませんが・・・。)
彼ら西洋諸国の植民地政策は、植民地の人民は無智蒙昧なままの方が良かったからです。
実際ロシア公使館に逃げ込んで国号を変えた大韓帝国は、政体は旧来のままで何も変わらなかったのです。
この大韓帝国への国号変更宣言で、やっと自分も皇帝を名乗り、独立国としてやっていくと宣言したことになるのですが、日清戦争でパトロンの清朝が日本に負けてしまったので、やっと言い出したに過ぎません。
内心からの自発的な独立志向からの宣言ではなく、頼る国がなくなったので「仕方なし独立」を宣言したと言うところです。
頼るべき清朝が負けたので「仕方なし独立」では、性根がすわっていませんので、独立宣言したものの自ら近代化すると言う気概もなく、むしろロシアの保護国化へ傾斜していくのです。
これでは、清朝から独立して国を近代化しようとしていた勢力には、我慢ができません。
こうして保守派対改革派の政争が激しくなって行きますが、この動きは、ちょうど清朝末期の西太后当時の変法自彊運動と西太后の巻き返し・・・・弾圧に似ています。



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