10/30/05
アメリカによる民主主義の押しつけが成功し、本当に国民の支持を受けた政権になれば、「アラブの大義」など言わなくなって、イスラエルも安泰と言う読みもあるかもしれません。
韓国や中国も早くそうなって、何かあると「反日」さえ言ってれば、政権が安泰という状況から抜け出してほしいものです。
そうなるためには、自らの国民に対する戦争責任を正面から反省して清算しなければならないのですが、それはものすごく大変なことですから、封印していくしかないと言う判断があると思われます。
(韓半島の内戦では、400万の死者、中国内戦では2000万の死者とも言われていますから、(毛沢東の殺した人間だけでも4000万とも言われています・・真偽不明ですが・・・。)この総括をまともにしたら、政権が持たないと言う政治判断でしょう。)
その代わりに、理不尽でも何でも国内対策として日本の戦争責任の追及・・・「反日」と叫んでいるしかないし、中国や韓国はこれまでは反日と言えば、欧米も喜んでくれたから、そうしてきたのです。
戦後長い間日本の発展が欧米にとっては、脅威でしたから、何でも日本の足を引っ張る材料には喜んで反応していました。
わが国は、明治以降アジアアフリカで1国だけの先進国でしたから、白人社会に一人だけ参加させてもらって、肩身が狭い上に何かといやがらせを受け、いじめられながら耐えて来たのです。
こういう状態でしたから日本としては、何とか中国や韓国の成長を待って、アジアが連帯して欧米によるいじめから脱したいと言うのが長年の悲願でした。
平忠盛が武家でありながら初めて昇殿を許された時に、既成勢力の公卿からさんざんな嫌がらせを受けてきた故事を思い起こしてもいいでしょう。
忠盛には、これを引き立てる最高権力者(白河法皇)がいたのですが、日本が明治維新以降欧米先進国に仲間入りをするには、忠盛のような後ろ盾がなかったばかりか、戦後は敗戦国という
マイナスレッテルが付きまとうのですから大変な苦行でした。
この日本の弱点ばかりを、チクチクと突いてくるのが中韓です。
忠盛の場合は、同じ武家が勢力を次第に蓄えて、次第に平家だけがいじめられる時代ではなくなったのですが、日本も明治以降、白人だけが世界を支配する時代が早く終わって、世界中での非白人国家の成長を楽しみにしていたのです。
明治維新ころは、西洋への対抗戦略を共同でやろうと言うのが日本の独立維持の戦略でしたから、これを熱心に朝鮮や中国に求めていたのですが、中韓の支配者は自己保身ばかりでどうにもならなかったのです。
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