10/29/05
10/23/05「ドミノ理論と靖国参拝1」のコラムでベトナム戦争当時の、アメリカのドミノ理論の紹介をしているうちに、靖国参拝論議にはいってしまいましたが,もとのアメリカの世界政策変更の話に戻ります。
アメリカは、ベトナムでは軍事政権の支持には自信を失ったでしょうが、中東ではアメリカ支持の王制が倒れて少しの期間、混乱しても、民意を大事にしていけば、そのうち親米になるという楽観論・自信が生れたのです。
実際に、イラン革命直後は、急進的だったホメイニ師の革命政権も,そのうちラフサンジャニ師の穏健路線に変更した結果を見れば、アメリカの路線変更が正しかったことになるでしょう。
また、ゆり戻しもあるでしょうが・・・長期的には、落ち着く所に落ち着くものです。
この後のも書きますが、イランのイスラム革命と言っても石油収入に頼るのは前政権と同じですから、その買い手は、西側諸国しかないのが現実です。
当時は中国も原油の輸出国でしたし、ソ連は今でも輸出国ですから、そこと組んでも買ってくれるわけではありません。
結果的に自由主義経済に組み込まれるしかないのです。
こうしてアメリカは自信を深めたのだと思います。
そう言えば、そのころにはフィリッピンの大統領候補アキノ氏が80年に暗殺され、これを原因として83年にはアキノ夫人が大統領に選出され、米軍の支持のもとにあったマルコス独裁政権が倒れます。
韓国の朴大統領(1979年、昭和54年10/27、)等々、あちこちの軍事政権・独裁者の政権が同じころに転覆していますが、その結果は殆どが、アメリカの思惑どおりになっているのです。
アメリカとしては、どうせ親米路線になるならば、民衆の支持を受けた親米路線の方が、あり難いと言う方針に変わったからでしょう。
中南米で普通だった軍事独裁政権は、70年代末から80年はじめにかけて姿を消し始めたところもあれば、ピノチェトのように新たに軍事政権になるところもあり、複雑です。
中南米では、民衆の政治レベルがまだ発達していない傾向があったので、少し遅れたのではないでしょうか?
中東では、王制という国民の利益に反した政権を米英仏が支持してきた反動で、王制転覆後は、急進的社会主義的な軍事政権ばかりが誕生してしまいました。
関連ページリンク
稲垣法律事務所コラム内:政治家に関するコラム
©2002,
2003, 2004, 2005, 2006 稲垣法律事務所 ©弁護士 稲垣総一郎
Design
/ Maintained by Pear Computing LLC
