10/22/05
今のイラク戦争のように「自費で参加しろ」と言う図々しい要求ではなく、その頃のアメリカは気前が良かったのです。
気前が良いと言えば、報道規制がなくカメラマンはどこでもは入っていけましたので、ベトナム戦争の戦闘そのものまで、或いは住民の悲惨さまで、世界中にナマのまま報道されたことも大きな特徴です。
今回のイラク戦争では報道規制があって、ベトナム戦争のように自由気ままに報道することができません。
今やアメリカは、民主主義の本家などと言ってる余裕がないからでしょうか?
ベトナム戦争は、正義の裏づけの弱い戦争として、アメリカ社会の亀裂を生み、世界に影を落とした戦争でしたが、実は民主主義の本家として、アメリカは何もかもオープンにしていたのです。
この戦争の犠牲は大きく、アメリカ軍だけで5万8千人以上の戦死者を出し、参加した韓国軍だけでも、ベトナム兵などを約4万人(公式記録だけでも)殺傷し、韓国軍の犠牲者は戦死約5千、負傷約1万に上ったと記録されているようです。
南北ベトナム人民に至っては、200万近い人が犠牲になったといわれ、大変な戦争でした。
アメリカは、ベトナム後遺症と言われるほど、その後遺症に悩まされることになるのです。
そして、大量に空中散布された枯葉剤の後遺症(特にダイオキシンの影響)が、四半世紀近くたった今でも残っています。
アメリカにとって莫大な資金と軍事力を投じ、多くの戦死者を出したあげく、この甚大な痛手を受けた結果、得た教訓は何だったでしょうか?
カーター大統領の人権外交は、その教訓の一つだったように私は思うのです。
カーターのように、あちこちで人権侵害を批判し、軍事政権や王制を倒していけばどうなるでしょうか?
当面は、アメリカの利権の代理人としての国王や軍事政権がいなくなって、混乱するでしょうが、結局は共産主義の貧しいソ連や中国よりも、豊かで技術の進んだアメリカの方になびくと言う見通しになったからです。
70年代前半から、一方では民意に反した南のベトナム政権を支持して軍事力に頼って失敗し、他方でサダト大統領の親米路線変更で自信をつけたと私は思うのです。
軍事力の差ではなく、経済の成功している方になびくことが分ったのも大きいでしょう。
その共通項は、アメリカの得意とする「民主主義と人権」で宣伝すればいいと言うのですから、楽なことです。
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