10/17/05

中南米サイゴン軍事政権アルゼンチン場合)2

外国資本が引き揚げると経営ノウハウのがないので、いろんな産業がたちまち行き詰まるのです。
ペロン大統領は労働者階級から圧倒的な支持を受けましたが、労働者や店員が経営できるわけがないのです。
富裕層や外国資本から取り上げた物を分配しているうちはよいのですが、これが終わると「さあ、何をしましょう?」と言うことになります。
強盗集団が、国家のよそいをまとっただけと言えるかもしれません。
いっぽうでこうした強権発動のために、独裁色を強めていきますので、ペロン政治への反発も増大していきます。
社会主義政権の失敗は、ソ連の崩壊以前から、既に豊かであったアルゼンチンで起こっていたのです。
こうして、行き詰まったペロン大統領は、1955年のクーデターにより、国外に亡命するのです。
しかし、後継の軍人もどうしてよいか分りませんから、混乱の挙げ句クーデターの打ち合いで、1950〜70年代は軍政とペロン派の政治が交互に続く中で経済は低迷する一方となったのでした。
軍事政権に反対する左派と右派とが互いにテロを行い、軍が軍で反政府派を弾圧し、およそ3万人が行方不明にされて殺されたといわれています。
1980年に入ると、軍事政権が国内闘争から切り上げて、国民感情の高揚を狙ってイギリスとの係争地フォークランド諸島を軍事占領します。
これは、ちょっと乱暴でしたので国際的同情も得られずに、すぐにイギリスの反撃に破れて敗戦してしまいます。
この失敗で国情はますます悪化し、89年には年率5000%という超インフレに襲われ、商店の値札が毎日値上がりする状態になったのです。
折角の豊かな国が、稼ぐのをそっちのけにして、分配ばかりに目を奪われてしまい、みんなで貧しくなってしまったのですから、政治のあり方の重要性を示す貴重な経験です。



関連ページリンク

Powered by msearch
稲垣法律事務所:コラム:検索

検索ベースはこちらから

稲垣法律事務所コラム内:政治家に関するコラム


コラムTOP

リンクを当コラムにはられる方はお読み下さい

©2002, 2003, 2004, 2005, 2006 稲垣法律事務所 ©弁護士 稲垣総一郎
Design / Maintained by Pear Computing LLC



ブログ
株式投資