10/17/05
前回のコラムで、石油危機後の原油価格が3分の1くらいに下がったままだったと書きましたが、勿論私の思い付き・・おぼろげな記憶です。
原油価格の変動と中東諸国の政治力学の関連は、重要な要素ですから、経済学者でない私の直感だけで議論するのは危険ですから、今回は念のため、統計にあたっておきましょう。
以下は、原油価格の推移、日本到着価格(CIF)1KL当り、財務省、通関統計からのコピーです。
以下の表は、「円/KL」、「$/B」「円レート」の順です。
例えば7年1月は、1バーレルあたり17・65ドルと読みます。
7年1月 11,128 17.65 100.25
15年度計 21,394 29.21 116.46
14年度計 19,369 24.61 125.67
13年度計 18,644 23.84 124.35
12年度計 19,613 28.36 109.95
11年度計 14,516 20.92 110.31
10年度計 10,316 12.76 128.55
9年度計 14,504 18.82 122.52
8年度計 15,298 21.63 112.46
7年度計 11,057 18.27 96.23
6年度計 10,855 17.32 99.63
5年度計 11,407 16.73 108.36
4年度計 15,196 19.29 125.27
3年度計 15,796 18.89 132.68
2年度計 20,296 23.35 138.28
元年度計 14,453 16.71 142.22
平成17年8月時点では、1バーレル55ドル半ばですから、(今では60ドル近いでしょう)平成元年ころに比べると約3倍になっているのです。
以下は、石油情報センターの文章です。
1970年代から1980年代初めにかけて、2回にわたり原油価格が高騰しました。
73年の第4次中東戦争(第一次石油危機)、79年のイラン革命(第二次石油危機)です。
中東原油の供給中断予想から超過需要が発生、需給バランスが崩れ、原油価格は3〜4倍にまで上昇したのです。
原油価格の高騰は、世界的な景気停滞や省・代替エネルギーの導入を招き、石油需要が停滞し価格が低下しましたが、OPEC*の対策はほとんど効果をあげず低迷したままでした。
とあるのですが、こうした抽象的な文書では、具体的に分りません。
これをグラフで見ますと、フセイン大統領がクエート侵攻した湾岸危機直前の10年間は、低迷どころか悲惨な状態であったことが分るでしょう。
(ま、大体私の直感的相場観が当たっていました。)
(財)日本原子力文化振興財団:「原子力」図面集-2004-2005年版-(2004.12)(同CD−ROM)

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