10/15/05

日韓併合4(ロシア保護国化する朝鮮1)(混乱期に必要人材

開化派だった閔妃の初心はどこへ言ってしまったのか、今度はロシアの属国になってでも自分が育てた進歩派の弾圧に走るのですから理解不能です。
袁世凱から、近代化すれば結局は王制がなくなると教え込まれたのでしょうか?
「体制変革よりは、属国になった方がまし」
という精神構造になったのでしょう。
今の北朝鮮が、何が何でも体制維持の保障を求めているのと同じ精神構造です。
さしあたり高宗(閔妃の夫ですが、高宗の妻だから閔「妃」と言うのですが、閔妃の方が有名ですから閔妃の夫と紹介しないと意味が通じなくなっているのです。)が、ロシア公使館に避難して、殆どロシアの保護国化へと動き出します。
ただし、1897年に大韓帝国と国号を改め、一応は、独立の事実を明確にしていますが、このころロシアへの関税権を譲るなど、殆ど属国化に向けて走り出したのです。
国号こそ変えましたが、結局は従来どおりの政体で、保守派(今は閔妃です)はロシアの後ろ盾で、改革派の弾圧に乗り出します。
ロシアはその上、王朝制維持にお墨付きを与えていたようですから、体制派としては国がどうなろうとも王制が守れればいいという実益があったのでしょう。
ところで不思議なことですが、こうなると中国から戻った大院君が、今度は、誰かとくっつくしかないので日本とくっつくのです。
こうも目まぐるしくあっちについたり、こっちについたりが行われると、大院君も閔妃も節操とか正義感・政治理念で行動しているのではなく、単に自己保身のためにややこしくしているだけ(結果的n国をぐちゃぐちゃにしてしまっただけ)の人物達だったように見えます。



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