10/04/05

専制君主制の完成1( 代の儒教思想変化

儒教の体質は、保守そのもののように書いて来ましたが、宋代以降の儒学においては、社会の変化を無視できなくなりました。
そこで、現在ある社会階層内での、身分の流動性だけを認めるようになりましたが、社会の仕組みの変化は飽くまで認めない思想に変化していったのです。
身分が固定しても社会が変化・・・・進歩していけば、国際競争力が維持できるのですが、この逆ですから今から考えれば変な社会思想です。
中国世界だけしか考えない(中華思想?)から、成り立つ思想です。
社会の変化があれば、体制が崩れることは当然ですから、御用学者である儒家としては、社会の変化だけを禁止する思想になったのでしょう。
儒教の権力密着思想の精髄が、現れたと言うべきでしょうか?
     「国がどうなっても、権力者が権力さえ維持できれば良い」
と言う思想(金正日体制もそのように見えますが・・・・)は、今の「国民のための国家」と言う思想からいえば、無責任そのもので国賊ものですが、当時は皇帝と国の関係など誰も考えなかったし、対外関係での比較を考える視点などは、なおさらなかったのでしょう。
身分の流動性を認めると言っても、皇帝の交代(大統領選のような)はないのですから、いわゆる一君万民思想の完成した時代ともいえるでしょう。
皇帝以外の地位は、いくらでも交替可能・・一見平等主義で近代化したかのようですが、科挙制を創設したものの、古くからの豪族名門貴族の一掃が出来ず、科挙官僚と名門貴族との並立状態で長年来たのですが、この時代になって、皇帝以外の勢力が一掃されてしまっただけのことでしょう。
貴族層の排除が、西洋の絶対王制の成立よりもかなり早くなったのは、西洋では経済進展(重商主義の発展)を待たねばならなかったのに対し、中国では経済発展によるのではなく、科挙制の実施・・定着によった分だけ早くなったものでしょう。



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