10/03/05

朱子学社会停滞2(変化予定しない思想

法家の話はそのくらいにして、本論の儒家に戻します。
儒教が重視するのは、
   「社会が安定し、人々は自分の分際に応じてやるべきことを果たす」  
   「政治は、科挙を合格した賢人が行うので任せておけばいい」
と言う世界です。
儒教の秀才ばかりでは、新しい発想が有りませんので、戦乱時にはあまり重視されません・・・・・と言うよりも見向きもされませんでした。
ところが天下が統一されると、礼儀作法に始って、一から十まで権力者に都合がいい思想ですので、あれだけ無茶苦茶で、儒教の礼楽に縁遠かった漢の劉邦でさえ、真っ先に採用したのです。
礼儀作法と言っても、今のようにコ−ヒーの飲み方の作法みたい等どうでもいいものではなく、当時は上下関係の秩序重視を形に表すものが基本だったでしょう。
しかも採用してみると、内容面でも権力を握ったものに無茶に有利な内容ばかりですから、一度その味を知ったら、こたえられないとばかり、歴代王朝では、これを重視して来たのです。
このように、秦の昭王以来採用された法家の思想と、漢以来採用された儒家の思想は、社会の発展或いは変化という仕掛け、進歩概念を全く欠いた思想だったのです。
中国一国社会を基本にすれば、対外競争力を意識する必要がありませんから、社会がいくら停滞しようとも自己の権力維持が最優先とすれば、合理的システムそのものでした。
むしろ停滞したままで、社会構造が変革されない方が、権力草創期の状況が維持されて権力者に有利なのです。
権力・・・王朝の崩壊は、権力草創期の基盤社会の変化に対応できない場合が殆どですから、既得権者にとっては、出来ることなら基盤社会に変化がない方がいいのです。
だから、儒教国である中国や李氏朝鮮の体制が長続きしたのですが、その分国際基準でいえば遅れやすい仕組みでした。



関連ページリンク

Powered by msearch
稲垣法律事務所:コラム:検索

検索ベースはこちらから

稲垣法律事務所コラム内:役人,官僚に関するコラム
稲垣法律事務所コラム内:儒教に関するコラム


コラムTOP

リンクを当コラムにはられる方はお読み下さい

©2002, 2003, 2004, 2005, 2006 稲垣法律事務所 ©弁護士 稲垣総一郎
Design / Maintained by Pear Computing LLC



ブログ
株式投資