10/31/04
江戸時代の裁判4 (同心2)
08/20/04「江戸時代の裁判3 (同心1)江戸の治安対策1 」の話から軍縮問題にそれてしまって、ずいぶん寄り道をしてきましたが、この辺で江戸時代の治安の話に戻しましょう。
与力は、与えられた家禄で自分の仕事をするのが予定されていたのではなく、(たまたま家臣が足りないときだけでなく)制度として、はじめから部下としての同心が配属されていたのです。
その点では、奉行と与力の関係が、下位に移ったものと言えるでしょうし、
同心は与力の家来ではなく、配下と言いますが「同心」と言うだけあって、奉行などに対する与力に比べてかなり従属的だったでしょう。
与力は奉行から見れば、よそからの応援ですから、現在の言葉で言えば、社外取締役みたいなところがあって遠慮がありますが、与力と同心の関係になると、自分の家臣ではないとしても「同心してくれる」のですから力を貸してもらうのとは大分感じが違います。
現在の○○課の課長と係り長、平社員の関係みたいだったでしょう。
同心は、現在のサラリ−マンの草分けかもしれません。
人数は幕末で6700人あまりいて、俸禄は30俵2人扶持が標準であったそうです。
この俸禄から見ても現在のサラリ−マンの草分け的です。
与力では200石平均で、家臣数名を養う前提ですが、(ただし、幕末ころには、武士一般が苦しくて、家臣を抱えられなくなっていたことは既に書きました。)同心は、わずか30俵ですから、始めっからその家族が食べていくのがやっとと言う俸禄ですから、現在のサラリーマンに似ています。
例えば、200石の旗本が備えおくべき戦闘要員は、槍もちを含めて5人であったことは、旗本8万騎に関して、08/14/04[旗本とは(与力14)]のコラムで紹介しました。
このように何石取りの旗本や武士階級は、一種の請負人、または中小零細企業の経営者みたいな立場だったのですが、同心の場合、30俵取りですから自前の家臣を予定していないのです。
関連ページリンク
稲垣法律事務所コラム内:ゆとりに関するコラム
稲垣法律事務所コラム内:憲法に関するコラム
稲垣法律事務所コラム内:裁判に関するコラム
稲垣法律事務所コラム内:マスコミに関するコラム
稲垣法律事務所コラム内:国家に関するコラム
稲垣法律事務所コラム内:政治家に関するコラム
稲垣法律事務所コラム内:刑罰に関するコラム
稲垣法律事務所コラム内:刑務所に関するコラム
稲垣法律事務所コラム内:刑法に関するコラム
©2002,
2003, 2004, 2005, 2006 稲垣法律事務所 ©弁護士 稲垣総一郎
Design
/ Maintained by Pear Computing LLC