10/23/04
教育改革の必要性(ヒエラルキーの破壊)2
明治以降130年以上も経過し、経済大国になって何十年も経つのですから、もう物まね方式の教育制度をやめて、独創性を重視する体系に変えるべきでしょう。
そのためには、自由な研究が真髄である大学その他の上級機関の自由化をはかることが必須です。
権威のある大学の医学部教授がピラミッド型に支配する構造は、映画「白い巨塔」で有名ですが、今や、法学部その他どこの学部でも、大手私立に始って地方大学などでは、東大など有名大学からの教授や講師受け入れを慣例化しているのです。
地方自治体が、中央省庁から天下り役人を受け入れているのと同じ事が、学問の世界でも起きていて、国の隅々まで網の目のように広がっているのです。
明治政府の意図した「中央集権・画一的学制」がようやく完成したと言うところでしょうか?
こういう状況ですから、トップの姿勢が変われば、おのずから下位の機関も詰め込み教育から脱却していくでしょうし、受験地獄の弊害も解消していくのではないでしょうか。
私の考えでは、教育改革は、難しい愛国心や道徳の話ではなく、旧帝国大学を全部解体して公園にしてしまうだけ(独立行政法人などとかったるいことはしません)で良いのですから、簡明です。
「そんな乱暴なことを言って、教職員の身の振り方をどうするんだ」と言う方がいるでしょうが、それは、旧帝国大学がなくなった分だけ、新たな受け皿が必要ですから、全国いろんな機関に人材が散らばって、地方の活性化にも繋がるでしょう。
応仁の乱以降、都から文物が地方に伝播して、地方に人材や文化が育ったのと同じです。
地方の活性化は、公共工事の増減や観光立国とかの問題ではなく、人材の問題であることは、10/02/03「地方自治と人材3(憲法38)」前後のコラムで連載しました。
旧帝国大学を解体しても、役に立つ人材は、再雇用されるので心配は要らないのです。
この考え方は、10/19/02「会社更生法と日本経済 1(大手ゼネコン倒産の場合)」以下の不良会社整理についてのコラムで連載しました。
旧帝国大学を解体してしまえば、かえって、お金もかからなくなりますよ!
そのあまったお金の分だけ、国民が自分の好きな大学への、所得税の直接納付を認めればいいのです。
役人の気に入ったところだけに予算がつくのではなく、国民の好きなところにお金が行くようにすべきでしょう。
寄付と税制の直接民主主義については、10/26/03「教育改革22・・・・・寄付と所得税法2(税制の直接民主主義6)」等のコラムで連載しましたので参照してください。
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