10/22/04

ミッドウエー沖海戦の敗戦と教育制度の貧困2

1942年6月のミッドウエー沖海戦の勝敗が、西太平洋での日米の制海権、制空権を逆転させた分岐点ですが、この海戦は周知のように、日本軍は空爆のために爆弾を装備して出撃準備していたところに、アメリカ軍に攻撃されてしまい、自慢の戦闘機がまったく役立たず、無残に負けてしまったものです。
この敗戦は、物量で負けたのではなく、戦闘準備の誤りの原因=予知能力、情報戦に負けたことにあるのです。
この海戦では、物量・戦闘能力では日本軍は米軍にまさっていた筈?ですが、予知能力が肉眼に頼っていた日本と、レーダーによって早くから敵艦隊の存在を捕捉し、戦闘準備できた米海軍との違いが勝敗を分けたのです。
このとき日本もレーダーを持っていたら、日本が勝っていたかもしれませんが、そういう新しい発想力または開発能力がなかったのです。
また、戦闘機についても、従来型の戦闘機の改良が世界1であっただけで、気密室を作って高い空を飛ぶ発想がまったくなかったことから、ゼロ戦が舞い上がれないほど高高度を飛ぶ飛行機を開発したアメリカ軍にどうしょうもなくなっていた(高射砲もB29にはまったく届きませんでした。)のも敗因の一つです。
このように戦争中に新しい発想でアメリカは準備したのに、日本は戦争開始直前の発想(先進国の知識の吸収)の延長しか開発能力がなかったのが、敗因でした。
今になっても、当時最高水準の戦闘機だったとか、パイロットは戦闘機での格闘戦では世界1の能力を持っていたとか自慢しているのですから、レベルの低い話です。
鉄砲相手の合戦の時代に、刀を振り回して負けた方が「本当はうちの刀は最高だったのに・・・」とぼやいているようなものです。
前回のコラムで、金融取引を少し書きましたが、金融に限らず、製造業でも日本はアメリカのやり方を学んでやっとトップ水準になると、アメリカはいつのまにか別の取引形態を考え出して、(技術ではかなわないとなれば、自分で作らず、中国やインドに外注する仕組みなどなど・・)日本のメーカーや金融の利益をみんな持っていってしまいます。
そして、日本はまた慌てて、アメリカの真似をして、これからは知的所有権だとか、海外工場進出だとかアメリカの発案した方式の後追いで、勝負しょうとしているのは、これまでどおりです。




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